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JACSES ブリーフィング・ペーパー・シリーズ
持続可能な開発と国際援助 No.3(1995年10-11月号)

開発援助と立ち退き問題

発行:「環境・持続社会」研究センター

 近年、開発に関する議論において「アジアの奇蹟」という言葉がたびたび引用される。台湾、韓国といった東アジア諸国、そしてインドネシア、マレーシアといった東南アジア諸国連合(ASEAN)各国は、海外からの民間投資や、世界銀行(World Bank)、アジア開発銀行( Asian Development Bank ) などの多国間開発銀行、そして日本のODAからの莫大な資金援助に支えられ、目覚ましい経済成長をとげている。さらにここ数年、中国とインドも国際市場への参入を着々と進めつつある。
 しかし、こうした開発の「成功」の軌跡も、マクロの経済成長という側面からではなく、公平な開発の恩恵の配分という別の側面からながめてみると、まったく違った評価が導きだされる。たとえば、大規模なインフラ整備のプロジェクトに対する開発援助が、こうした急激な経済成長に大きく貢献してきたといえるわけだが、しかし一方、そうした大規模なプロジェクトのなかには強制的な住民の立ち退きを伴うものも多く、これまで数々の深刻な問題を生んできたという事実をどう考えるかということである。
 巨大ダム建設に代表されるような、時には数十万人におよぶ住民移転をともなう開発プロジェクトは、移転をやむなく受け入れた住民の多くが生活基盤を根こそぎ奪われ、貧困の悪化、移転先の受け入れ社会との間の土地や資源をめぐる摩擦、あるいは伝統的社会の崩壊といった、はかり知れない犠牲の数々を招いている。さらに、こうした大量の人々の移住にともなって発生する、環境への影響も見過ごすことのできない問題となっている。
 今号では、こうした開発プロジェクトにおける住民移転の問題に焦点を当て、強制立ち退きによって引き起こされるさまざまな問題、そして援助機関に求められる政策と改善点を紹介する。

I. 大規模開発プロジェクトと住民移転の問題

1.強制立ち退きと移住に関する世銀報告書
 1994年4月、世界銀行(以下、世銀)は『移住と開発』(Resettlement and Development)と題する報告書を発表した。これは世銀の立ち退き・再定住に関するガイドラインとその実施に関するレビュー結果をまとめたものだが、いくつかの注目すべき事実が報告されている。注1
 同報告書によると、1986年から1993年の間に世銀が融資・貸付を行ったプロジェクトにおいて、約200万人以上の人々が「非自発的な」移転を強いられたと報告している。さらに1996 年までに承認予定のプロジェクトによって、少なくともさらに 200 万人(世銀の推定では、1994 年だけで 60 万人)の立ち退きが予測されている。
 住民の立ち退きをともなう開発プロジェクトは、工業化、近代化による経済発展を支える大規模なインフラ整備を目的としたものが、そのほとんどを占める。なかでもダム建設プロジェクトは、多くの場合において大規模な住民移転を必要とし、立ち退きをともなう世銀のプロジェクトのうちの約60%を占めている(表1参照)。さらに住民移転をともなうプロジェクトはアジア地域に集中しており、全体の80%以上を占めている。特にアジア地域の中でもインド(世銀推計:約97万4000人)、中国(同:約48万3000人)が群を抜いて規模が大きい。

立ち退き原因による分析

 そして何よりも注目すべきことは、これまで世銀が融資・貸付を行ったプロジェクトにおいて、移転・再定住を強いられた人々が、移転以前の生活レベルを確保することができた例は、ほとんど見当たらないという事実である。世銀は、1980年代初頭より、他の援助機関に先駆けて住民の立ち退き・移住に関するガイドラインの策定に取り組んできた。しかし、最大の問題は、世銀のガイドラインが実施のレベルでは、ほとんど効力を発揮してこなかった ―つまり、政策が遵守されていないという事実である。 

 世銀の「非自発的移住に関する業務指針」の執筆責任者である、世銀上級社会学者のマイケル・セルネアは、世銀の政策ペーパーにおいて次のように述べている。

 「巨大ダムの建設プロジェクトなどにともなう住民移転の問題は、非常に複雑、かつもっとも重大な問題をはらんでいる。にもかかわらず、これまでの幾多の事例に見られるように、プロジェクトの実施において、援助機関、援助を受ける側である途上国の双方とも住民移転に対する配慮と対応はまったく不十分であり、その結果として、とりかえしのつかないほどの深刻な社会的、あるいは環境面での問題を引き起こしている。」注2
 移転をともなう開発プロジェクトにおいて、さらに問題なのは、立ち退きを迫られる人々の多くが、土地を持たない農民、都市のスラム生活者、あるいは辺境地域の先住民といった、いわば社会的、経済的にもっとも弱い立場にある人々であるという点である。こうした人々の多くは、経済発展による開発の恩恵からもっとも遠い立場におかれている。開発において本来、もっとも尊重されるべき人々であるにもかかわらず、新たな開発プロジェクトによって、さらに多くの犠牲を強いられ、深刻な生活状況へと追いこまれているのである。そうした開発プロジェクトにおけるネガティブな影響は、「より多くの人々のより大きな恩恵”という名のもとに、犠牲とならされる一部の人々にのみに降りかかっている」。注3  

移住計画を伴なうプロジェクト

2.強制立ち退き・再定住が引き起こす住民への影響
◆土地所有の喪失
 土地を所有する農民は、金銭による補償を受ける場合があるが、これは必ずしも新たな土地が確実に保障されるわけではない。特に正式な(法的に保障された)土地所有権ではなく、慣習上の権利のみを有している場合、移転を機会に土地無し農民になる可能性が高い。
 世銀やOECDの移転に関するガイドラインには、移転補償の原則として、「少なくとも失う土地に見合った代替地を与える、いわゆる”土地には土地を”(land for land)の方式をとることが望ましい」とされている。しかし、実際には代替となる土地が十分に補償された事例を挙げるほうが難しい。その原因としては、ひとつにはプロジェクトの準備の段階で、移転の規模と影響の調査が適切に行われていないことが挙げられる。特に、移転者の数が往々にして少なく見積もられやすく、その結果として補償に十分なだけの土地が用意されないという事態も招いている(表3参照)。注4  

不正確なベースライン調査

  ◆生活水準の低下、貧困の悪化 
 土地や雇用、定住家屋などの生活基盤を失うことによって、多くの場合、立ち退き家族は、深刻な生活水準の低下に直面することになる。たとえばケニアのキアンベレ(Kiambere)水力発電プロジェクトでは、農民の平均土地所有区域は移転前にくらべ、13ヘクタールから6ヘクタールに減少し、家畜類は3分の2以下、1ヘクタールあたりの収穫量は70%前後までに低下した。このため住民の平均収入は、移転前に比較して20%近くまで減少した。注5
 また、移転後に与えられた代替地が、それまで耕作してきた作物の栽培には適していなかったり、そもそも耕作にはまったく不適格な痩せた土地のために、移住者は数年後には、代替地における耕作をあきらめざるを得ないような事態に追い込まれることも多い。それまでの生活の糧となってきた経済的な基盤を失った人々は、その犠牲に対する補償を何ら与えられないまま、多くの場合、いわゆる「貧困ライン」以下の生活レベルに否応無く追い込まれているのである。
 改めて強調しなければならないことは、セルニア氏は「世界中のどこにも、移住させられた人々が移住以前の生活水準をとり戻した例は、ひとつとして無い」と指摘していることである。

◆失業・定住家屋の喪失
 自分の土地を持たない、いわゆる小作農や、小規模の自営業者やその被雇用者などは、土地を失う農民と同様、強制移転によって大きな打撃を受けることが多い。元の雇用主自身が移転後に事業を再開できなかったり、農業を営むための土地を手に入れることができないことも多く、したがって彼らが移転後の地域で適当な仕事に就くことは難しい。
 移住計画に居住施設を改善するための適切な配慮がないために、結局、移転地での暮らしをあきらめざるをえなかったり、補償金が移転先で新しい家屋を手に入れるには不十分なために、移転した家族の中には、なかば半永久的にホームレスの状態の生活を強いられる場合もある。
 また、移住する各家族の人数にかかわらず一律の広さの家屋が与えられたために、それまで大家族で暮らしてきた住民は非常に窮屈な生活を強いられたり、家族が離散せざるをえない事態も起きている。

  ◆疾病の蔓延と死亡率の上昇
 94年の世銀の報告書でも、強制的に移住させられた人々は、移転をしなかった人々に比べ、なんらかの健康障害や疾病に罹る、それもより深刻な健康問題を抱える可能性が高いことが報告されている。移転先の生活用水などの社会設備や医療サービスの欠如、下水道などの衛生環境の悪さ、あるいは貧困による栄養状態の悪化などが、下痢、赤痢、寄生虫、マラリアなどの疾病の蔓延の原因となっている。インドのナルマダ・プロジェクトについて調査したモース委員会の報告書によると、調査団が入った時点ですでに、灌漑設備の建設の影響によるマラリアの流行の兆候がみられ、住民の間に死亡者も出ている。
 また、収入の低下や移転先で自給作物を十分に栽培することができないために、移転者のなかには食糧の不足による慢性的栄養失調に陥る人々も多い。こうした人々のなかでも特に、乳幼児や老人、女性がもっとも深刻な打撃を受けている。

II. 住民移転に関する援助機関の政策とガイドライン
 

 開発プロジェクトにおける住民移転の問題は、以上のように複雑、かつ多岐にわたる問題をはらんでいる。被援助国である途上国の社会的、あるいは政治的状況が問題の深刻さに大きな影を落としている。しかし、援助政府や援助機関もまた同様に、影響を受ける人々の権利を補償し、彼らの犠牲を生まないために、援助を行なう立場から果たすべき責任を担っている。特に最低限の条件として援助政府・機関に求められるのは、開発プロジェクトにともなう住民の立ち退き問題に関する明確な政策・ガイドラインを策定することである。

1.世銀の移住政策とガイドライン
 世銀が住民移転に関する配慮を示すものとして、まず1980年に「世銀融資プロジェクトにおける非自発的移住に関連した社会問題」と題する業務マニュアルを策定した。その後、1986年10月には「世銀融資プロジェクトにおける非自発的移住の取り扱いに関する業務政策問題」(業務政策覚書)を策定した。さらに、1990年6月に上記2つの文書をまとめ、「非自発的移住に関する業務指令」(Operational Directive 4.30: Involuntary Resettlement)と改訂した。世銀の業務指令は、世銀貸出プロジェクトを実質的に担当するタスク・マネージャーをはじめとする世銀のスタッフが、貸出業務の遂行にあたって従うべき事項を定めたものである。 業務上の「参考」程度にとどまる、いわゆるガイドラインに比べ、はるかに遵守義務が高いものと一般に認識されている。

 1990年に改訂された世銀の業務指令には、以下の基本的な政策目標に基づいて、移住計画の策定とその実施における配慮と具体的な手続きに関するガイドラインが示されている。

  1. 世銀と借款国の両者は、非自発的移住は可能な限り回避、あるいは規模を縮小すること。そのために実行可能な、代替となるプロジェクトを検討すること。
  2. 少なくとも以前の生活基準と所得獲得能力を回復し、可能ならばそれを上回るよう、移住者を支援するよう努めること。移住者はプロジェクトによってもたらされる恩恵を享受するべきである。
  3. 移住プログラムは、それが同時に開発プログラムでもあるよう認識され、立案・実施されること。
  4. プロジェクト準備の初期の段階から、移住による潜在的影響を考慮に入れること。 
  5. プロジェクトによって影響を受ける人々の参加と意見の聴取を行い、それを通じ、プロジェクトの承認が行われる以前に、移住と経済回復に関する計画を作成すること。
  6. 移転補償の原則として、少なくとも失う土地と同等の代替地を与える、いわゆる「土地には土地を」方式を奨励する。
  7. 先住民、少数民族、遊牧民、およびプロジェクトの建設のために収容される土地や資源に対して慣習的な権利を有するグループに対し、十分な土地とインフラ、その他の補償が提供されなければならない。土地所有権が確立していないことを理由に、これらのグループに対する補償、権利の回復を拒否することはできない。

2. OECD加盟国の取組み
 経済協力開発機構(OECD)では、1991 年 12 月、二国間開発援助(ODA)における住民移転に関するガイドライン、「開発プロジェクトにおける非自発的移住と再定住に関するガイドライン」(Guidelines for Aid Agencies on Involuntary Displacement and Resettlement in Development Projects)を採択している。
 このOECD のガイドラインは、OECD 加盟国24か国の環境閣僚ならびに開発協力閣僚、開発機関の責任者、欧州共同体の理事によって承認された。従って、日本を含む主要ドナー国の政府は、OECD 開発援助委員会(DAC)のガイドラインを承認し、強制移住の影響に対する責任を負うことを公式記録において宣言したのである。
 OECDのガイドラインは、特に以下の点について、世銀の業務指令に比べてより強力なものとなっている。

  1. 世銀のガイドラインと同様、非自発的移住は「あらゆる実現可能な代替案を模索」することにより、「可能な限り避け、または最小限にとどめる」ことが明記されているうえ、さらに「すべての案件において、プロジェクトを実施しないという選択肢も真剣に検討されるべき」であるとしている。
  2. 援助機関および援助国政府の責任として「影響を受けうる人々の権利を保護する許容できる移住計画が無い限り、移住をともなうプロジェクトを支援してはならない」としている。
  3. 女性の役割を認識し、移住計画において特別に女性に対する配慮をはらう必要性を明記している。
 このほかの援助機関の取り組みを紹介すると、たとえば米州開発銀行(Inter-American Bank)は、1990年に再定住に関するガイドラインを策定している。アジア開発銀行は1992年に世銀と同様のガイドラインを策定し、さらに現在、改訂作業中である。また、イギリスの海外開発庁(Overseas Development Administration)も、世銀の業務指令にほぼ匹敵する内容のガイドラインを導入している。

3. 日本のODAと住民移転ガイドライン
 世銀の住民移転に関する業務指令は、その内容の詳細さ、世銀スタッフ、および借入国がとるべき手続きと義務などの点において、国際的な基準として認識されている。しかし別の見方をすれば、世銀が他の援助機関にはるかに先駆けて、住民移転に関する政策・ガイドラインを策定したことは、世銀の融資するプロジェクトによって引き起こされる問題が、それだけ深刻であるという、ある意味で皮肉な状況を示しているともいえる。つまり、過去20年間、欧米先進国による二国間の政府開発援助(ODA)では、社会開発分野や緊急援助などに比較的重点を置かれてきたのと対照的に、世銀の融資/貸付においてはダム、火力発電所、あるいは道路の建設など、大規模なインフラ整備関連のプロジェクトが依然として中心を占めている。こうしたプロジェクトの多くにおいて、必然的に住民移転の問題が生じてきたのである。
 一方、日本のODAにおいても、インフラ整備などの大規模開発プロジェクトに対して、貸付けの多くが向けられてきた。こうしたプロジェクトのなかには、世銀と同様、住民の立ち退きを必要とするものも多く、それにともなう様々な問題が報告されている。
 ところが日本のODAの場合、住民移転に関する明確なガイドラインは策定されていない。
 たとえば海外経済協力基金(OECF)は、1995年8月に新規改訂した「環境配慮のためのOECFガイドライン」において、住民移転に関する配慮として、4項目の基本的立場を示すにとどまっている。これには世銀の業務指針やOECDのガイドラインのように、移住計画の策定や実施にかかわる具体的なガイドラインはまったく示されておらず、実際のプロジェクトの計画、実施において、適切かつ十分な配慮がはらわれるとは、とても言いがたいものである。
 また、基本的指針の内容についても、OECDガイドラインのなかでも特に重要な項目である、代替案として「プロジェクトを実施しないという選択肢も真剣に検討する」こと、また「影響を受ける人々の権利を保障する移住計画が無い限り、プロジェクトを支援してはならない」という二点については触れられていない。日本政府は他の加盟国とともにOECD のガイドラインを正式に採択しているわけであり、その点でも、日本の政策に矛盾があると言わざるをえない。さらに、このOECFのガイドラインは世銀の業務指針とは異なり、あくまでもOECFのプロジェクト担当者が業務の遂行にあたって「参考」とするものであり、どこまで実効性のあるものかは明らかでない。

4.問われる 援助機関の移住政策・ガイドラインの実効性
 先にも指摘した通り、世銀やOECDの業務指令・ガイドラインは、業務上の配慮と手続きをかなり詳細に網羅している。しかし問題は、これら援助機関の政策や業務指針が、これまでのところ満足に活用され、遵守されてきたとはまったく言い難い―あるいは公然と無視されてきた―状況にあるということである。
 インドのナルマダ・プロジェクトの例が典型的だが、適切な移住計画がプロジェクトの実施以前の段階で策定されていない、土地の補償が十分に与えられない、住民・NGOに対する情報公開と協議が行われないなど、移転・再定住のガイドラインがまったく遵守されない事例は数多い。
 たとえば世銀のガイドラインには「少なくとも移転以前と同等の生活水準を維持、または可能な場合は改善すること」と明記されている。しかし、ガイドラインが策定されてからの約14年の間で、世銀自身の報告でも実際に生活水準が維持されたケースは、わずか1〜2件にとどまっている。つまり、これまで世銀のプロジェクトによって強制立ち退きを受けた人々のほとんどの経済的、社会的状況は移転以前に比べ悪化しているのである。また、世銀のガイドラインでは、プロジェクトの計画段階において、移住計画を策定することになっているが、1986年から91年の間に進行中の移転をともなうプロジェクトのうち、移転計画が正式に承認されているものは約50%にとどまっている。
 この点において援助機関、政府にまず厳しく求められるべきことは、自ら定めた政策・ガイドラインをいかに実効性のあるものとするかということである。最低限に必要なことは、援助機関の組織内部において、プロジェクト担当者の認識と専門性を強化することである。また、ガイドラインの遵守をより確実なものとするためには、住民移転の計画の内容を評価し、その実施の状況を客観的にモニターする、独立監査のメカニズムを設けることが求められる。

5. 強制立退きと住民移転に関する基本的原則  

  1. 「移転を回避する」ための「代替案の検討」を基本的な原則とすること。
     移住政策が遵守されない大きな原因のひとつは、「まず最初に計画ありき」という援助機関の組織的な体質が依然として幅をきかせていることにある。その結果、住民移転を回避するために代替となる計画を真剣に検討するという、もっとも基本的な原則が無視されてきた。OECDのガイドラインにあるように「プロジェクトの承認が行われる以前に、あらゆる代替案が真剣に検討される」べきである。そのなかには「プロジェクトを実施しない」という選択肢も含む。援助機関は、そうした代替案の検討が十分に検討されない限り、融資/貸付の決定をしない、という立場を明確にするべきである。

  2. 住民の利益が明確に認識された計画であること。
     あらゆる開発プロジェクトは、まず実施される地域の人々に利益や恩恵があってこそ、はじめて「成功した」ものといえる。住民移転が回避不可能なプロジェクトの場合も、その計画によって、住民がこれまでの生活水準を維持するだけでなく、それ以上の恩恵を受けるという確かな保障がない限り、プロジェクトを実施するべきではない。

  3. 環境アセスメント、および社会影響評価の実施を条件とすること。
     住民移転をともなうプロジェクトは、環境、社会、経済的な側面が相互に密接に関連している。プロジェクトの立案、ならびに移住計画の策定に当たっては、環境アセスメント、および社会影響評価の実施を必要条件とするべきである。これらのアセスメントが移住計画に十分に反映されていない場合には、援助機関はプロジェクトに対する融資を行わないこと。

  4. 住民参加と情報公開
     プロジェクトの影響を受ける地域の住民が受益者として認識されるには、まずこれらの人々に対する情報公開や意見の徴集が、プロジェクトの立案段階から行われなければならない。これは、移住計画の策定についても同様である。

  5. 女性、子ども、先住民に対して特別の配慮をはらうこと。
     これまでの援助機関の対応においては、女性や老人、子どもに対する特別の配慮はほとんど払われてこなかった。援助機関の住民移転に関するガイドラインには、ジェンダー、あるいは年齢の差異によって生じる影響の違いに配慮した対応が明確にされるべきである。特に、移転計画の策定においては、専門家によるジェンダー分析の実施を含むべきである。

  6. 政策・ガイドラインの違反に対する独立した控訴機関を設けること。
     立ち退きに関する問題が表面化した場合の、援助機関による典型的な説明は「立ち退きを円滑に行う最終的な責任は借入国とプロジェクトの実施機関(電力公社など)にある」というものである。しかし、世銀などの多国間開発機関や各国の政府援助機関は、公金を使って活動をする機関として、その資金が自ら定めた政策に基づいて適切に使用されることを保障する義務と責任を負っている。世銀は自ら定めた政策・ガイドラインに違反があった場合に、その被害を被った人々が不服申し立てを行うためのシステムとして、「独立調査パネル」を1994年に設立した。(注7) このような援助機関の責任を問うためのシステムが、多国間、二国間を問わず、他の援助機関にも設立されることが必要である。すでに、アジア開発銀行をはじめとするいくつかの地域開発銀行では、世銀と同様の調査パネルの設立が予定されている。

囲み1:◇ダム建設と強制立ち退きの問題: クドゥン・オンボ・ダム建設プロジェクトの場合 

 クドゥン・オンボ・ダム建設プロジェクト(Kedung Ombo)は、インドネシア・中部ジャワのスラン川に水力発電、灌漑、飲料および工業用水の供給など多目的ダムを建設するというもの。このプロジェクトによって6000ヘクタールの土地が水没し、約2万5000人から3万人が立ち退き、移住を余儀なくされることになった。住民の移住に関する見積りは非現実的なもので、 土地に対する補償も不十分であり、移転の補償金問題のこじれなどから、水没予定地の住民のうち約7000人は立ち退きを拒否して現地に留まった。そうしたなか、インドネシア政府は、住民の移転がまだ終わっていない89年1月にダムのゲートの閉鎖に踏み切った。一方、このプロジェクトに対する貸付を行った世銀は、住民を強制的に移住させるための威嚇手段が取られていることを知りながらも、何らの措置も講じようとはせず、最終的に世銀が調査団を送るに至ったのは、湛水が開始された89年2月になってからであった。
 世銀のプロジェクト完了報告書(内部資料)によると、プロジェクトの影響を受けた家族のうちの72%が、プロジェクトが開始する以前にくらべて、生活状況が悪化していることが明らかになっている。また、インドネシア開発国際NGOフォーラム(INFID)の報告によると、移住した農民が与えられた代替地は沼地のような状態で水はけが悪く、洪水の被害にみまわれやすい。さらに悪いことには、移転先にもともと住んでいる地域住民は、移転住民に与えられた代替地は彼らが先祖から受け継いだ土地であると主張、土地の権利をめぐっての争いも起きている。
(参照:Pratap Chartterjee,"Secret World Bank document admits mistakes in Indonesia,"  International Press Service, 1995年7月、ほか)

囲み2:土地の喪失と貧困問題
インドネシア、ジャワ島西部におけるダムの建設プロジェクトの場合

 ジャテルフル(Jatiluhur、1970)、 サグリン(Saguling、1986)、チラタ(Cirata、1988)
 1985年にパジャジャラン大学生態学研究所が、以上3つのプロジェクトにおいて金銭補償を受けて移住した家族について行った社会調査によると、移転以前に比べると収入は49%減、土地の所有比率は53%に低下している。 また、チラタ・ダム開発プロジェクト(世銀融資)の場合、移転した貧困家庭のうちの59%が移転後に生活水準が上がったとしているが、一方で約21%の家庭では約25%の収入レベルの低下にともなう生活水準の悪化に直面している。この収入の減少は、おもに土地の喪失が原因であるとされている。
(参照: Michael M. Cernea, Impoverishment Risks from Population Displacement in Water Resources Development)

囲み3:ナルマダ・プロジェクト(Narmada Valley Project, インド)における移住問題

 ナルマダ・プロジェクトは 、インド西部のナルマダ河に3000以上の大、中、小規模のダムを建設するという壮大な構想の開発計画で、現在、進行中なのがサルダル・サロバル・ダムである。世銀は85年、インド政府に対する4億5000万ドルの融資を決定した。その後、移転・再定住計画の不備、甚大な環境への影響などに対して、国際的な批判と反対運動が高まるなか、世銀は独立調査委員会(モース委員会)を任命、インドへの調査団を派遣した。調査委員会は、91年9月以降、約4回にわたってインドにおける聞き取り調査を行い、1992年6月に調査結果をまとめた『モース報告書』を発表した。
 委員会は、世銀が課した住民移転、および環境に関するガイドラインが遵守されないまま、ダム建設が進められていること、プロジェクトによる住民全員の移住・再定住は、現状では不可能であることなどを指摘し、結論として融資の撤退を勧告した。注6 報告書が指摘している問題には、以下のような点が挙げられる。
当初10万人とされていた立ち退き者は、実際は運河・灌漑網の建設によりさらに約14万人(合計で約24万人)の立ち退きが予想されることが判明。これら14万人の人々に対する代替地が用意されず、わずかの金銭補償による強制的な立ち退きが行われていた。
インド政府の土地制度では、土地税を収める者に対してのみ土地所有権を保障することになっている。しかし、少数部族の人々は、先祖代々に渡り受け継いできた土地がありながら、辺境地にあって土地税の徴収を受けることもなかったために、土地の正式な所有権を認められず、土地補償の対象からはずされた。 
再定住・補償の問題に関して、地元住民との十分な話し合いがなされないままにプロジェクトの実施が進められた。
流域住民の生活環境の悪化が認められる。マラリアの蔓延の兆候がみられ、すでに死亡者も出ていた。
(参照: Morse Commission , Sardar Sarovar: The Report of the Independent Review, 1992  鷲見一夫「建設中止の可能性生まれたナルマダ・ダム」エコノミスト、 1992年8月11日号、P80-85  ほか)

囲み4:OECFの住民移転に関する配慮

参考資料:『世銀のプロジェクトと強制移転』(一部抜粋・翻訳) 

    ブルース・リッチ


 世銀の移住政策のレビュー(注:1994年に発表された報告書)で明らかにされる、政策の乱用例に対する世銀事務局の対応は、以前のプロジェクトに問題があることは認めた上で、今は全てが改善され、コントロールされている、すなわち「それは過去のことで、今は違う」という点に主眼が置かれるだろう。これは(世銀の)典型的な対応の仕方である。つまり、世銀は自身を動く標的とし、過去には問題もあったが、現在その問題の処理を進めており、批判はすでに無効だと主張するのである。たとえば、サルダル・サロバル・プロジェクトにおける移住計画の問題に対し、何年にもわたって批判が集中した際も、そのような典型的な対応のパターンが繰り返された。
(中略)
 世銀による移住問題への対処は、エネルギー、運輸、農業(ほぼ全ての強制移住の原因となる 3 部門)などの重要な経済部門において、地域的にも世界的にも、環境に対する有害性の低い代替となる開発プロジェクトの促進と、密接に関係している。(世銀の移住方針では、最初のステップとして、「非自発的移住は、あらゆる現実的プロジェクトの形を探り、実現可能な限り回避あるいは最小限に抑えるべきである」とされている。)
 別の言い方をすれば、世銀が融資する最大の環境破壊プロジェクトの多くが、最も費用がかさみ、効率の悪いものでもあり、他の世銀の活動と比較して不釣合なほどに大規模な強制的移住をともなうのである。世銀移住政策のレビューの中間報告書によれば、「[強制]移住は進行中プロジェクト全体の 7% でのみ行われているが、これらのプロジェクトは、この期間中のIBRD/IDAの全融資においては、その倍(14%)もの割合を占める」という。そのようなプロジェクトは倍の批判を受けることになり、開発融資に対する世銀のアプローチによって生じる環境、社会、および経済の負の相乗効果の症状を示すものである。
 この誤った負の相乗効果の格好の例が、インド国営地熱発電公社(NTPC)に対する、過去ならびに現在において提案されている世銀融資である。1980 年代、数 10 億ドル規模の世銀融資を受けた NTPC プラントは、生活改善・回復のための計画も無いままに、14 万人の貧しい人々に立ち退きを強制し、しかも世界の二酸化炭素排出量を大幅に増大させることになった。現在、世銀は 10 年間の NTPC へのセクター融資計画に着手しているが−すでに立ち退いた住民のリハビリに関する十分な規定も無いまま−、これが完了すると、16,000 メガワット以上の新石炭火力発電所が建設され、世界の二酸化炭素排出量増加分の 2.5% を占めることになる。世銀が委託したものを含む数々の調査では、産業末端利用効率への投資と「需要側管理」と呼ばれる方法を用いれば、経済的により少ない費用で、環境への害と社会的混乱も少なく(すなわち移住を伴わない)、この発電量の大部分を供給できると結論されている。
(中略)
 最初の世銀移住政策のレビュー作業では、1979 年から 1983 年に承認されたプロジェクトが検討されたが、その結果は世銀の実施評価部門(Operations Evaluation Department: OED)、環境局などが作成した最新の移住調査報告書のいずれにおいても言及されていない。それらの報告書では、1986 年に実施された 2 回目の世銀移住政策レビュー作業のみが言及されている。
 だが、10 年前に上級スタッフと理事会が検討した 1983 年の調査でさえ、すでに強制移住に関する世銀の怠慢について、憂慮される結論に達していたのである。1979-83 年(財政年度 )のプロジェクトは、当初、40 万人から 45 万人の移住を伴うと推定されていたが、最終的な人数はそれよりもかなり多かった可能性があることを報告書は認めている。
 この報告書では、世銀プロジェクトの準備と立案の妥当性は検討したが、実施と効果(これが最も深刻な問題として現れるのは数年後である)や、世銀プロジェクトが移住者に及ぼす究極的な影響は検討しなかった。にも関わらず、10 年前のこの最初の調査で、世銀事務局の怠慢と代表理事の無関心あるいは無視のおかげでますます悪化した−回避できたはずの人々の苦悩や大規模な貧困化を引き起こした−多くの問題が明らかにされている。
 この報告書では、確かに世銀評価における移住の計画は、1980 年以降の 1〜2 年間に改善された−1980 年以前はこの問題はほとんど完全に無視されていたため−と結論している。だが、「特に水力発電セクターなどのかなりの件数のプロジェクトで、OMS 2.33[世銀の移住方針]の規定を一貫して適用することなく、準備と評価が行われている」と、同報告書は指摘する。さらに、移住計画が存在する場合でも、「移住のモニターと評価に関する規定を欠いている」、「問題のある国は・・インドで、この国では強制移住を伴うプロジェクトが最も多く、しかも移住による問題への注目と対応が一貫して不十分な状態である」と指摘している。また、「強制移住を引き起こすプロジェクトの中で、移住計画で立ち退いた人々が経済的に健全な生産者として再自立するために必要な資源と施設の確実な提供を定めた OMS[方針]の要求に従っている件数は、ごくわずかである」としている。
(中略)
 そして最後に、この報告書では、今後のあらゆる世銀の住民移転に関する調査の実施後に生じるであろう、ネガティブな傾向が指摘されている。「過去 5 年間(財政年度)にわたる傾向から、OMS 2.33[移住方針]公布後の最初の 2〜3 年は、移住問題に関心が向けられていたことがうかがわれる。だが、ここ 2 年間は、後退が明らかに見てとれる。最近の何件かのプロジェクトでは、OMS の規定を考慮せずに準備と評価が行われたことが明らかだ。」
(中略)
 世銀の実施評価部門(OED−完了したプロジェクトの評価を行う部門)が、1993 年 6 月 30 日に、独自の調査結果として「非自発的移住に関する初期の知見」−これは多くの NGO がすでに熟知している−を発表した。これには 4 件のケーススタディー(ガーナのクポン水力発電プロジェクト、インドのカマタカ灌漑 I プロジェクト、マハラシュートラ灌漑 II プロジェクト、そしてタイのカオ・ラエム水力発電プロジェクト)と「概要」という文書が含まれた。概要では、4 件のケーススタディーに加え、49 件の世銀に支援されたプロジェクトの検討を行っている。それらに関しては、1975 〜 1993 年の移住に関する世銀の書類−主に評価報告書またはプロジェクト完了報告書−を入手できる。
 この OED 報告書の結論は、まさに有罪証明と言える。移住方針の施行が組織的に無視され、移住を伴う世銀プロジェクトの大部分で、過去 13 年間に強制移住させられた貧しい人々数百万人の所得に関する情報が全く存在しないほどのひどさであることを、報告書は明らかにしたのである。以下にその内容を引用する。
 「世銀のガイドラインは移住の結果とそれによる成果の改善に役だってきただろうか。所得[強制移住対象者の]に関するデータを持つプロジェクトがほとんど無いため、成果が満足できるものか、不満の残るものかについては、きわめて概括的な判断しか下すことができない。・・世銀ガイドラインは、移住の成果に関するアセスメントを可能にするモニター活動の改善には結びついていない。・・これは世銀はこの目標の達成に真剣な関心を抱いていないという印象を与え、深刻な欠陥と思われる。」

注1)World Bank, Resettlement and Development: The Bankwide Review of Projects Involving Involuntary Resettlement 1986,-1993, April8 1994
注2)Michael M. Cernea, Improverishment Risks from Population Displacement in Water Resources Development, Policy and Operational Issues, World Bank Reprint Series: Number 476
注3)同上
注4)移転規模の見積もりの問題は、援助機関の不十分な調査や情報の不足だけでなく、ときには見積もりを行う機関(多くの場合、借り入れ国のプロジェクト実施機関)が、政治的あるいは官僚的理由によって、「意図的に」移転者の数を少なく見積もる場合もある。実際、世銀のセルニア氏は、彼が関係したプロジェクトにおいて、実行可能性調査(フィージビリティ調査)を行ったコンサルタントが、「プロジェクトの実施機関から、当初の移転者の見積もりを3分の1に減らすか、あるいは報告書から移転者数の記載を抹消することを強要された」と報告している。
注5)World Bank, Resettlement and Development: The Bankwide Review of Projects Involving Involuntary Resettlement 1986,-1993, April8 1994,4/9
注6)世銀は1992年10月の理事会において、インド政府が1993年3月31日までに、世銀が定めたいくつかの条件を達成することを条件としたうえで、融資継続を承認した。これに対しインド政府は、こうした条件を期日までに達成することは不可能とし、期日前日の1993年3月30日、未融資分の1億7000万ドルの融資打ち切りを申し出た。しかし、ダム建設工事はその後も進められており、93年8月の雨期には遂に水没、数百人が罹災している。
注7)「環境・持続社会」研究センター、ブリーフィング・ペーパー・シリーズ『持続可能な開発と援助』NO.1(1995年6-7月号)参照。

≪参考資料≫
世界銀行東京事務所『世界銀行ニュース』Vol. 3, No. 20(1994年7月1日号)
鷲見一夫「建設中止の可能性生まれたナルマダ・ダム」『エコノミスト』(1992年8月11日号)
地球の友『国際援助ウォッチ』1994年12月号
OECF『環境配慮のためのOECFガイドライン』世界銀行東京事務所『世界銀行ニュース』Vol. 3, No. 20(1994年7月1日号)
鷲見一夫「建設中止の可能性生まれたナルマダ・ダム」『エコノミスト』(1992年8月11日号)
地球の友『国際援助ウォッチ』1994年12月号
OECF『環境配慮のためのOECFガイドライン』 1995年8月世界銀行東京事務所『世界銀行ニュース』Vol. 3, No. 20(1994年7月1日号)
鷲見一夫「建設中止の可能性生まれたナルマダ・ダム」『エコノミスト』(1992年8月11日号)
地球の友『国際援助ウォッチ』1994年12月号
OECF『環境配慮のためのOECFガイドライン』 1995年8月 Environmental Defense Fund, Memorandum: Forcible Resettlement in World Bank Projects, January, 1994
Michael M. Cernea, Impoverishment Risks from Population Displacement in Water Resources Development. Policy and Operational Issues, World Bank Reprint Series: Number 476, World Bank: Washington, DC
Morse Commission , Sardar Sarovar: The Report of the Independent Review, 1992 OECD/DAC, Guidelines for Aid Agencies on Involuntary Displacement and Resettlement in Development Projects, 1991
Raymond F. Mikesell and Larry Williams, International Banks and the Environment: From Growth to Sustainability: An Unfinished Agenda, Sierra Club Books: San Francsisco, 19922. Pratap Chartterjee,"Secret World Bank document admits mistakes in Indonesia,"  International Press Service, July, 1995
World Bank, Resettlement and Development: The Bankwide Review of Projects Involving Involuntary Resettlement 1986 - 1993, World Bank: Washington, DC, 1994 April 8
World Bank, Operational Directive 4.30: Involuntary Resettlement, June 29, 1990

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