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JACSES ブリーフィング・ペーパー・シリーズ
持続可能な開発と国際援助 No.6

開発援助をめぐるNGO・政府間の政策対話

発行:「環境・持続社会」研究センター

 

 開発援助における「参加」の重要性に関する認識が近年とみに高まってきている。だが、その具体的な内容については、立場の異なる人々の間で合意が今だに得られていない。いわゆる「参加型」の多くのプロジェクトにおける参加の実際も、援助機関が情報を一方的に提供するだけのものから、住民やNGOの意見を反映するため協議の場が設定されるもの、そしてその代表が直接に意思決定の一端を担うものまで、実に様々な段階が存在する。

 環境的・社会的配慮を原則とした開発を進めるためには、援助する側、援助される側、そして援助を監視する立場の人々が、「参加」の重要性に関して基本的に共通の認識を持ち、その内容を実質的に深めていく努力が必要になる。1980年代以降、特に1992年の地球サミット(UNCED)やその後の国際協議と平行して発展してきたNGO・政府間の政策対話は、この点で重要である。こうした対話自体が「参加」の効果的な一つの形であると同時に、この場を通じて「参加」のレベルを高め、内容を深めることができるからだ。

 ポスト地球サミットの世界的な動向の中で、日本でも開発援助政策に関する定期協議が大蔵省とNGOの間で今年の4月から始められ、5月に開催されたアジア開発銀行 (ADB) の福岡総会においても、ADBや大蔵省の担当官と国内外のNGOの間に話し合いの場がもたれた。各国政府ならびに多国間援助機関による対話の必要性は、その進め方に関する意見の相違を超えて、すでに国際的に確認されているといえよう。

 本号ではまず、こうした世界的動向、さらにはODAの「量」から「質」への転換という近年の先進諸国の傾向を踏まえ、政府・NGO間の政策対話の重要性と、対話をより有効なものとするための諸条件について述べる。次に、先進各国と多国間開発銀行 (MDB) における具体例を簡単に紹介し、日本の現状と比較・検討するとともに、NGOが政府やODA実施機関と政策対話を進めていく上での具体的な問題点と改善点についてまとめる。

1.政策対話の重要性
 これまで政府間レベルでのみ行われてきた政策対話の枠組みがNGOにまで広げられることには、一般的に言って次の3つの意味がある。

 まず第一に、政府とNGOの対話を通じて、援助政策ならびに援助がもたらす影響に関する情報交流が促進され、援助機関の透明性が増す。第二に、二国間開発援助だけでなく多国間開発機関に対するNGOや市民の監視能力が向上し、政府が定めたODA政策が遵守されているかどうか等について、より効果的なチェックができるようになる。第三に、こうした情報や監視に基づいたNGOや市民の指摘を通じて、政府や援助機関に対して「説明の責務」(アカウンタビリティー)を求めていくことができる。

 こうした点を踏まえて両者の間に信頼関係が築かれれば、政府や援助機関も国内外のNGOと緊密な協力関係を築くことができ、政策の策定や援助の実施においてNGOにしかない知識や経験を有効に活用できる。つまり政策対話の充実は、政府(援助機関)にとってもODAの「質」の改善に繋がっていく。しかしながら、こうした効果は、対話の場が用意されたからといって自動的にもたらされるものではない。対話がどれだけ実質的で意味あるものになるかは、以下に挙げるような条件がどの程度満たされるかにかかっている。

1)対話は、定期的かつ継続的に行われなければならない。
2)公式な協議以外にも、非公式なものも含め様々なチャンネルが設定されるべきである。
3)議題の設定は、政府や援助機関側による一方的なものであってはならない。
4)対話への参加は政府や援助機関側が指定したNGOに限るべきでなく、原則として全てのNGOに対して開かれたものでなければならない。
5)被援助国のNGOの意見が十分に反映されるような対話システムを作るべきである。
6)対話の準備段階で、公式文書などの情報と、NGO側が十分に対応できるだけの時間が与えられるべきである。

 以下に、上に挙げた諸条件を踏まえて、アメリカ、カナダ、デンマーク等の援助国における政策対話の実例を簡単に紹介する。

2.主要な援助国・機関における状況
 1992年の地球サミットで採択されたアジェンダ21は、「環境的に適正で持続可能な開発の実現に向け、(政府とNGOが)それぞれの役割を認識し、強化するために」、1995年までに全ての政府とNGO、またそのネットワーク間に「相互に生産的な対話」を樹立すべきであると述べている。注1これに呼応するように、政府・NGO間の政策対話はサミットの準備段階で積極的に推進され、合意事項に関するその後の協議だけでなく、国際人口開発会議 (ICPD) 、第4回国連世界女性会議、国連社会開発サミットへの参加などを通じてさらに発展してきた。

 当センターが1995年から96年にかけて調査した主要援助諸国(カナダ、デンマーク、ドイツ、オランダ、イギリス、日本、アメリカ)においては、日本を除く全ての国に、援助に関する様々な問題について政府・NGO間で意見交換できる対話メカニズムが存在した。注2 後に詳しく述べるように、日本政府も徐々にNGOとの政策対話に積極的姿勢を見せ始めている。この機会を実りあるものとして発展させるためには、他国の政府やNGOが蓄積している経験から学ぶことが双方にとって不可欠である。

政府・NGO間のパートナーシップ
 上記の援助国で設けられているODA政策に関するNGO・政府間の対話の枠組みは、基本的に全て定期的で継続的な性格を持つ。アメリカやカナダをはじめとした欧米各国では、様々なチャンネルを通じて、政府とNGOという2つのセクターの間に緊密な協力関係が築かれている。

 アメリカでは、政府のあらゆるレベルでNGOとの政策対話の重要性が認識されており、地球サミットの準備段階やそのフォローアップ協議でも集中的な対話が行われてきた。特にここ数年、政府とNGOの関係は非常に協力的で生産的である。NGOの専門性の向上、米国国際開発庁(USAID) との人材の行き来、クリントン政権の積極的な姿勢などがこれに貢献していると考えられる。

 アメリカのNGOは、ポスト地球サミットの正式協議の過程において政府の公式代表団に参加し、協議期間中には連日に渡って政府との会合を設定してきた。これは全てのNGO参加者に開かれたもので、国務省やUSAIDなどの政府官僚は政府間協議を前にNGOの要求や助言を聞く一方、NGO側でもその場で自分達の主張をどのように展開するのか等について政府から助言を受けるという関係が確立している。政府との公式・非公式の直接的な対話の場以外にも、NGOの代表は、海外援助に関わる様々な委員会の公聴会で、二国間ならびに多国間援助について具体的な提言をする機会が与えられている。

 カナダ政府もNGOとの協力は当然のことと見なしており、国際開発庁 (CIDA) とNGOの政策対話は様々なレベルで行われる。例えば「環境的持続可能性に関する政策」(Policy for Environmental Sustainability) の実施においては、プロジェクトの資金供与に携わるCIDAの各部局が何らかのかたちでNGOとの定期的な相談・諮問を行っている。また「地域・国別政策枠組み」の改訂、開発における女性の役割 (WID) や人権と民主主義などの問題に関しても、NGOの提案を募っている。

 また、CIDAのパートナーシップ局では継続的な政策対話を促進するため、環境NGOの連合組織であるカナダ環境ネットワーク (CEN) との間に連絡委員会を設けたり、地球の友カナダとの間で人材交流を行ったりしている。同局はまた「環境と開発支援プログラム」(Environment and Development Support Program) を運営しており、1990年の設立以来、約70の環境NGOに対する資金提供の窓口となっている。

諮問委員会への参加
 環境・社会的に持続可能な開発を実現するには、NGOを始め経済界や大学、地域団体など、社会のあらゆる分野の意見が政策に反映されなければならない。そうした様々なセクターがODA政策や実施に影響力を持ちうる一つの枠組みとして、政府から独立した助言機関ないし諮問機関がある。上記の援助国の中で、NGOがこうした機関に参加しているのは、オランダ、デンマーク、アメリカの3国であった。

 NGOと援助機関の関係が非常に早い時期から定着しているオランダでは、教会関係者や学者とならんでNGOの代表者が、政府から独立した「開発協力に関する全国諮問委員会」(National Advisory Council for Development Cooperation) や開発調査に関する諮問機関に参加し、政府の開発援助政策について積極的に助言を行っている。

 デンマークの国際開発機関 (DANIDA) にも国際開発委員会 (Advisory Council for International Development) という諮問機関があり、環境や開発に携わるNGOだけでなく、産業界や労働組合、教会団体、学会などの代表者が数多く参加している。この委員会では、援助政策や国別プログラム戦略の他、各プロジェクトの実施などについて話し合いがもたれる。NGOはこの委員会を通じて、実施中のプロジェクトや政策変更などに関する詳細な情報を得るだけでなく、提言活動も行っている。

 またアメリカには、「ボランティア海外援助に関する諮問委員会」(Advisory Committee on Voluntary Foreign Aid) という公式な対話メカニズムがある。1940年代に設立されたこの委員会は、開発・環境・救援の分野に携わるNGOや大学・研究機関に属する23人の専門家によって構成されており、毎年行う公開ミーティングを含め、1-2日間の会合を年に4回行っている。議題は多岐に渡り、政策、ガイドライン、NGOとUSAIDの関係などについて政府の担当官と意見交換を行う。

全国規模のNGOネットワーク
 実りある政策対話を継続的に行っていくためには、広範な問題に取り組むNGOを連携する全国規模の連合組織が必要になる。こうしたネットワークの存在は、NGO間の情報交換や意見調整を助けるだけでなく、個々の団体の組織的制約から生じる対応能力の不足を補うことにもなる。

 デンマークでは、NGO間の話し合いを調整するためG-92という連合体が設立された。この連合組織は、1992年の地球サミットの第3回準備委員会 以来、国連持続可能な開発委員会 (UNCSD)、気候変動枠組み条約、生物多様性条約などの会議に参加し、デンマーク政府の公式代表団にメンバーを数名送り込んでいる。G-92は、環境保護と途上国開発に携わる15の団体によって構成され、その運営資金は環境エネルギー省が拠出している。

 一方、カナダの国際協力委員会 (CCIC) は約130ものボランティア団体から構成される連合組織で、CIDAと国内NGOとの間で年一回開かれる会議の調整役をするなど、開発NGOの政策対話への参加を積極的に促進している。また1994年、CCICはカナダの外交政策の見直しに関する包括的な分析を発表し、各地で行われた円卓会議にNGOの参加を促した。CIDAはCCICに資金提供を行っており、政策研究やNGO・政府間の対話、組織構築、一般市民の教育と情報提供、その他のプログラムの運営を支援している。

 アメリカのNGO連合組織 インターアクション (InterAction) は、政策アドボカシーによってODA政策に非常に大きな影響力を持っている。この組織は、開発、環境、宗教関連、調査研究所など160のNGOが構成する組織で、最近USAIDとNGOのパートナーシップに関する調査を実施するなど、USAIDの政策策定に重要な貢献をしている。その他、ディベロップメント・ギャップ (Development-GAP)、オックスファム・アメリカ (Oxfam America)、地球の友・アメリカ (Friends of the Earth-USA) 等のNGOも連携を取り合いながら、開発援助に関する政策対話に積極的に参加し、関連する政策や法律の調査・分析を実施している。

 イギリスにも、開発のための海外NGO (British Overseas NGOs for Development: BOND) というネットワークが1993年に発足し、現在では135以上の団体が参加している。BONDは、開発プロジェクトの監視・評価や、UKODAによるNGOへの資金調達などに関するワークショップやセミナーを行う一方、政府機関とNGOの会合を議題に応じて設定している。この他、ドイツやオランダにも全国的なNGOの連合組織が存在しており、調査対象となった援助国の中で日本のみが全国規模のNGO連合組織を持たないという点で立ち遅れが目立っている。

多国間開発機関の取り組み
 NGOとの情報交換は、二国間援助だけでなく、多国間開発銀行 (MDB) を通じた援助についても行われる必要がある。アメリカでは、MDBの政策や融資の決定等について政府の取るべき立場をNGOと協議することが立法上義務づけられている。毎月、第一火曜日に行われることから「火曜グループ」と呼ばれる会合では、財務省や関連政府機関とNGOの間で情報交換が行われ、MDBの政策や特定のプロジェクトについて詳しく話し合われる。注5

 世界銀行やアジア開発銀行 (ADB) などのMDBも、NGOとの政策対話の重要性に注意を払うようになってきている。世界銀行は、10年程前からNGO委員会を通じて年に何度か対話の機会を設定しており、近年はラテン・アメリカ、アフリカ、アジアのNGOと地域別の会合を行っている。また最近、国別の援助戦略 (Country Assistance Strategy: CAS) に住民やNGOの声を反映させて、効果的な貧困軽減プログラムの作成に一定の効果を挙げている(囲み1参照)。一方、ADBの国別援助計画 (Country Assistance Plan: CAP) でも同様の試みが見られるが、参加の前提となる情報へのアクセスに不備がある等の問題が指摘されている。

 世界銀行は、分野別でも「森林政策の実施に関する概観報告」や農業や運輸分野での政策実施についてNGOと協議したり、新しいEIA(環境影響評価)の運用政策の草案を配布して意見を求めるなどしている。例えば、運輸分野の評価報告について、外部諮問を行ってNGO側の見解を組み込むよう米国政府と共同で求めたNGOの要求は、数団体が世銀と交渉を進めた末、世銀・NGO間の公開ミーティングの開催に結び付いた。この会合には18の途上国から70以上もの団体が参加することとなり、評価報告の内容を改善する大きな圧力となった。

 NGOの意見がプロジェクトに反映されることは、計画を効果的に遂行しようとするMDBにとってもプラスである。世銀では、NGOとの協力を阻んでいると考えられる実務上の諸問題に対処するため、NGOの代表も交えたタスクフォースが組織されている。またADBでもNGOとの協力が肝要であるとの認識は高まってきており、福岡で行われた今年の年次総会において、総裁やスタッフの口から参加の重要性が繰り返し述べられた。NGOや現地住民の参加を促進していこうというADBの姿勢は、個々のプロジェクトについてだけでなく、全体的な政策や戦略のレベル、あるいは効果はまちまちであるが分野別政策においても確認することができる(囲み2参照)。

3.日本における政策対話の現状
   上記の具体例で示したような側面から見たとき、日本の政策対話の現状は他の援助諸国と比べて大きな遅れをとっていることがわかる。当センターが一昨年から昨年の9月にかけて調査を行った時点では、政策対話が有効に機能するために必要な条件が日本でのみ充分に満たされていなかった。つまり、政府・NGO間に日本の開発援助全般に関わる定期的・継続的な協議のメカニズムは設定されておらず、むろんODAに関する諮問機関にNGOが参加するということもなかった。一方、NGOの側でも、アメリカのInterActionやカナダのCCICなど他の援助国に見られるような幅広いネットワークを持つ組織は存在していなかった。

 しかし、こうした状況の中でも、いくつかの変化の兆しが認められた。地球サミット以降の世界的な流れの中で、日本政府もNGOとの「パートナーシップ」を強調するようになったことがその背景にある。例えば1994年、政府は、カイロで行われた国際人口開発会議(カイロ会議)の公式声明についてNGOの意見を求めたほか、代表団にNGOのメンバー3名を初めて参加させた。1995年3月にコペンハーゲンで開催された国連社会発展サミットと、同年9月に北京で開かれた世界女性会議でも、NGO代表が公式代表団に参加した。

 また、1995年2月から外務省とNGOの間で、人口やエイズ分野の援助に関する「GIIに関するNGO懇談会」が行われている(囲み3参照)。外務省はまた、NGO活動推進センター (JANIC)が 1995年12月に行った提案に応え、NGOとODAに関する定期的会合を始めた。現在、東京・関西・名古屋を中心に活動を行っているJANICのNGO会員の代表と、補助金によるNGO支援や開発教育の実施など、政府とNGOの協力関係についての話し合いが年に4回行われている。また同組織の代表は、外務省の組織する「ODA改革懇談会」のメンバーになっている。

 さらに、最近の政策対話をめぐる展開の中で重要なのは、多国間開発援助を管轄する大蔵省とNGOとの定期会合が1997年に入って始まったことである。これは、大蔵省が5月のADB福岡総会を前に対話に積極的姿勢を見せつつある中、援助問題に関心を持つ国会議員や環境・開発NGOの積極的な働きかけによって実現した。

 第一回の会合は4月24日に行われ、大蔵省側は国際金融局・開発機関課が、NGO側からは開発援助問題に関心をもつ11の団体が出席し、今後の定期協議の進め方について話し合った。そこで合意されたのは主に次の4点である。

  1. 開催頻度は年4回程度で、緊急を要するものには別の機会を設けるなど、柔軟に対応していく。(基本的に会合は定期的に行われるが、緊急事態の発生や国際会議の開催等に合わせ、時宜にかなった対応をすることができる。ちなみに第2回の協議は世銀年次総会直前の9月の予定。)
  2. NGOが何を議題にするのか事前に決めて、大蔵省に連絡する。(議題の決定権は基本的にNGO側が握っている。そのため準備に充分な時間をかけられると同時に、大蔵省側の建設的な対応を確保することができる。)
  3. 議題によっては、国会議員に立会人・世話人として同席してもらうこともありうる。(国会議員が協議に立ち合うことによって、大蔵省の発言に対するコミットメントの度合を高めることができる。今後の可能性として、社民党所属の秋葉議員を中心に発足した「世界銀行の役割を考える議員の会」のメンバーの出席が考えられる。)
  4. 大蔵省は、多国間開発機関での日本の理事の投票行動について、できるかぎり公表するよう検討する。(これは情報公開という側面からだけでなく、ODAに携わる省庁間の連絡体制が整っていない日本において、多国間開発援助が社会的・環境的配慮の面で二国間援助と共通の基盤に立つよう求めるという点からも重要である。)
 言うまでもなく、NGOと大蔵省との会合は始まったばかりで、まだ対話の枠組みを設定している段階にある。他国の状況と比較すれば、日本には政府とNGOの間に言葉本来の意味でのパートナーシップが存在していないだけでなく、比肩しうる力関係に基づいた緊張関係も希薄である。しかし、今回の大蔵省との定期協議の立ち上がりは、そうした方向に向けての貴重な一歩であり、NGOはこれをきっかけに、環境・社会的な配慮を基本とする開発援助の実現に向けて一層の努力をしなければならない。

4.政策対話の今後の発展にむけて
 冷戦終結にともなう援助の戦略的重要性の低下と、国内における財政支出削減への圧力とを主な要因として、1990年以降、援助国のODA拠出額は全体として減少傾向にある。1980年以降この分野への支出を年々着実に増やし、過去6年間に渡って世界最大の援助供与額を誇ってきた日本もこの例外ではなく、政府は98年度のODA予算を前年度より10%以上削減することを正式に閣議決定した。

 産業界や政府各省庁は、各々の権益をめぐっての思惑から、各々の「量から質へのODA転換ビジョン」実現に向けてすでに動き始めている。NGOはこの「転換」が環境破壊や貧困、人権など地球規模の諸問題への対応をなおざりにした「内向き」のODA改革にならぬよう強く求めている。例えば、今年の6月には、環境・開発NGOや市民団体で組織する「ODAを改革するための市民・NGO連絡協議会(ODA連絡会)」が、ODA理念の明確化と社会発展分野の優先等の具体的改革を訴える提言を政府に提出した。注7

 日本では今まで、市民やNGOの声を直に政府に伝える場が非常に限られてきた。その意味で、外務省や大蔵省が、NGOとの継続的な政策対話に積極的になってきているのは大きな前進といえる。だが、意見交換が許される機会や参加の枠はまだまだ実質的に限られているのが現実であり、政府は今後、様々な分野や地域で活躍するNGOとの対話を通じて、公式・非公式な接触のチャンネルをより多様化していかなければならない。

 もちろんNGOにとって、対話に対する政府の積極的姿勢は歓迎すべきものである。しかし、この背景にはODAの「量から質への転換」という要請があるだけに、NGOとの対話あるいは協力関係が表面的な「質の向上」に利用されるだけで、実質的な変化はもたらされない、ということも充分ありうる。社会・環境的な配慮に基づく援助を実現するためには、両者の話し合いを「対話のための対話」に終わらせず、現実的なODA改革に向けて発展させていかなければならない。そのためには、NGOとして次の点に留意する必要がある。

  1. NGO(あるいは政府、援助機関)として、具体的に何を達成しようとしているのか見極め、対話の目的を明確にする。
  2. 議題の設定等、議事進行の主導権をNGOが握る。
  3. 政策対話への国会議員の関与を促す(必ずしも対話への直接の参加を意味しない)。
  4. 対話でのNGOの意見や政府(援助機関)の発言が、実際に政策やプロジェクトに反映されているかフォローする。
 第一に重要なのは、対話は目的ではなく、あくまで目的を実現するための手段だという認識である。対話を通じて何を実現するのか、NGO間で意見調整が必要なことは言うまでもなく、政府や援助機関の意図、特に協議に積極的な場合の思惑が何なのか等について、しっかりと見定める必要がある。第二の点はより戦術的な事柄であるが、政府や援助機関に取り込まれずにNGO側の目的を達成するための重要なポイントになる。また、第三の点が効果的なのは、議員の関与によって国会ならびに国民の監視が高められ、官僚の発言に対する責任を追及しやすくなるからである。

 しかし、こうして政府(援助機関)からコミットメントを引き出すことができたとしても、実際にそれが遂行されなければ何の意味もない。したがって第四点にあるフォローアップの作業が絶対に必要である。これは最も重要なポイントだが、NGO側の取り組みとして見落とされることが多い。これについても、議員や国民の監視はNGOの活動を側面から支援することができる。

 政府や援助機関とNGOが対話を続けていくには、大変な時間と労力が必要となる。このことはODAに関係する省庁が19にも上るという日本において特に問題である。現在の体制では、ODA政策全般に関わる事柄に関して、個々の省庁との政策対話がどれ程の効果を持つのか、という疑念が払拭できないだけでなく、複数の対話を同時に維持していくのであれば、NGO側の人的・財政的な対応能力が問題となる可能性が十分ある。

 したがって日本政府に早急に求められる対応は、二国間援助を担当する外務省と多国間援助を管轄する大蔵省が政策対話を共同で開催することだ。これによって、NGO側が両機関に対してばらばらに対応する手間が省けるだけでなく、二国間と多国間援助の一貫性と調整の一層の強化を求めていくことができる。もちろん将来的には、ODA連絡会の提言にあるように、「ODA行政を一省の管轄下に置き、、、ODA予算を一元的に管理することによって、ODA行政の責任体制を明確化」しなければならない。

 以上は政府や援助機関との関連で求められることであるが、対話を成功させる上で何より重要なのは、他の援助諸国と比べて組織基盤が究めて脆弱な日本のNGO自身が、独立した立場を保ちながら建設的な対話を行いうるだけの組織的対応能力を獲得することである。そのためには、個々のNGOの力不足を補う広範なNGOのネットワークの確立、ならびに拡充が是非とも必要になる。

 NGO間の関係構築をうまく進めていくためには、まず第一に、公開性の原則が貫徹されなければならない。つまり参加の枠をオープンにするとともに、協議内容についても原則的に公開するということである。もしこれが果たされなければ、NGOの声が政策に正しく反映されないだけでなく、組織間に不信と亀裂が生じかねない。ただし、公開性を原則とする以上、NGO間の緊密な意見調整の必要性が高まるのは当然である。そこで第二に重要な点は、調整の中心となるNGOとその役割を明確にするということだ。この役割には、NGO間の意見調整や戦略策定だけでなく、会合の日程調整や議事録作成等の事務的作業も当然含まれるだろう。こうした作業には非常に多くの労力が要求されるため、先に紹介したイギリスのBONDのように、この役割を専門に担う組織をNGO間に確立することも一つの方法として考えられる。

   さらに、地球規模の問題に対処していくため、日本のNGOは、南のNGOならびに北のNGOと協力・連携を深めていかなければならない。これは必ずしも対応が複雑になるということを意味しない。南のNGOの声と立場を尊重することが、日本でNGO間の意見を調整するに際して大きな指針となりうるし、また北のNGOとの連携によって、政策対話に関する貴重な経験と知識を活用できるからである。何よりも国内的、国際的に関心を共有するNGOの間で協力・連携を深めることによって、政府や多国間援助機関などの対話相手に対して、問題解決に向けてより一層の圧力を期待することができる。

囲み1: IDAの国別援助戦略 (CAS)
 世界銀行グループの一つ、国際開発協会 (International Development Assistance: IDA) は、途上国の中でも特に貧しい国々に対して、通常より緩やかな条件で貸出を行う開発金融機関である。1994-96年度の第10次増資 (IDA10) 以来、この機関で積極的に推進されているのが「国別援助戦略」 (Country Assistance Strategy: CAS) だ。 
 IDA10に際して、世銀グループはCASを「開発努力の中心ならびに基礎」として位置付け、95年のIDA11の交渉においても、各最貧国の債務軽減と開発プロジェクトの質の向上に向けた重要な手段であることを確認した。世銀はこのCASに基づいて国別の援助計画をレビューすることになっており、この3年間で最大借入国15のうちヵ国について平均二度以上のレビューが行われたという。注3
 CASは、その名の通り、各途上国の国情に合わせた援助戦略で、地域住民やNGOの声を反映することをその作成の必須条件とする。確かにIDA10において借入国のNGOの参加が促進されたことは事実で、モザンビークやザンビアなどのアフリカ諸国やバングラデシュ、ベトナム、カンボジアなどのアジア諸国で、NGOや企業人、学者等と同機関との協議が様々なレベルで行われた。
 例えばベトナムでは、ODAによる貧困軽減策をめぐる議論の場にNGOが招かれたり、開発の現場でワークショップが開かれた際、世銀やUNICEFのスタッフとNGOや地域リーダーとの話し合いが行われるなど、住民の参加という面で前進があった。世銀によれば、こうしたプロセスを経ることによって、同機関が融資した同国の水資源管理プログラムに対する政府や住民の責任意識が強化されたという。
 問題は、こうした事例がまだまだ例外的だということだ。多くの場合、理事会での承認を経るまでCASは公開されないし、ラテン・アメリカではCASの作成においてNGOの参加が全く許されていない。また参加があったとしても、協議への参加者の選考はどのような基準で行われるのか、その意見はどのようにCASに反映されるのか、参加者への事前の情報公開をどう確保するのか等々、多くの疑問点、問題点がNGOによって指摘されている。注4

囲み2: ADBの先住民族政策をめぐる政策対話
 政府や援助機関は、住民やNGOとの対話自体に意義を認めているからというより、手続き上で定められている、あるいは要求されているからという消極的理由によってしばしば協議を行ってきた。しかし同時に「対話が行われた」という事実は、決定された政策やプロジェクトを正当化する道具として積極的に利用されうる。アジア開発銀行 (ADB) の先住民族政策をめぐる協議は、このような問題点をはらむ「政策対話」の一例である。
 ADBでは現在、先住民族政策に関する基本政策文書が作成されている。この件に関して同機関は先住民族側と不十分ながら何度か話し合いの場を設定してきた。だが、5月に開催されたADB福岡総会でのADB側の対応は、フィリピンやビルマ、チッタゴン丘陵地域から参加した先住民族や支援のNGOに大きな不満を残すこととなった。
 今年の総会でまず問題にされたのは、ADBが1995年11月にマニラで行われた協議の成果を踏まえず、基本文書の作成を勝手に進めてしまっていたことだ。この点に関して先住民族とNGOは記者会見の席で憂慮の声を上げたが、彼 (女)等をさらに憤慨させたのは、総会の会合の場で、初めて議論の叩き台となる草稿が提示されたということだった。しかもADBは、翌月の理事会でこの草案の承認を目指しているので、意見があれば早急に提出するようにと先住民族側に言い渡した。ADBのこうしたやり方に強く反発した先住民族側は、その場で原案について討議することを拒み、先住民族諸団体との十分な協議の場を設定するよう求めている。
 支援NGOの一員として参加していた佐賀大学の細川氏によると、この最終案には、「いかなる先住民族組織や支援団体にも意見を求めた形跡」は認められず、「開発当事国の国内法の範囲内でしか先住民族の権利の尊重を求めない姿勢」が明らかであった。注6 これでは、そもそも何のための「対話」であり「協議」であるのかとの疑問が出ても仕方がないだろう。情報を伏せたまま重要な政策の立案を急ぐような今回の対応は、交渉にあたったスタッフの意図はどうあれ、ADBに対する一層の不信感を招く結果となった。注6

囲み3: 外務省とのGIIに関するNGO懇談会
 日本政府は1994年2月、日米協調の一環として、人口とエイズの分野に30億ドルの援助を実施するというGlobal Issues Initiatives (GII) を発表した。女性と健康ネットワーク、市民フォーラム2001、ジョイセフ(家族計画国際協力財団)をはじめとするNGO数団体は、NGOの意見がこうした意思決定の過程に反映されるよう政府に働きかけ、外務省の経済協力局を中心に非公式の会談を始めた。同年9月のカイロ会議 (ICPD) 後、定期的な会合として発足した「GIIに関するNGO懇談会」は、2ヵ月に1度の頻度で現在までに17回行われており、政府・NGO間の対話枠組みとして最も継続的なものの一つである。また、参加NGOは20団体を超えている。
 この会合は政府からNGOに一方的に情報が与えられるという性格のものではない。むしろ議題設定の主導権はNGO側が握っており、議長も最近では両者が交代で務めることになっている。議題によって、外務省はJICAやFASID(国際開発高等教育機構)などの責任者に参加を依頼する。NGO側は、事前の会議で、議題設定だけでなく、誰が議論の中心となるのか、代替案は何なのか等を協議して戦略を立てる。当懇談会の事務局はこうしたNGO間の意見調整や外務省との折衝のほか、会合後、議事録を作成してNGO間で情報を共有している。
 「懇談会」という名称からも明らかなように、ここでの発言は公的な拘束力を持たない。だが、NGO側の意見が政策や実施に影響を与えた例は少なくない。例えば、人口やエイズ問題を専門とする人材の拡充を求めたNGOの提案は、JICAの人材養成コースやFASIDのマネジメントコース設定に実を結んだ。また、ODAプロジェクトの計画段階にNGOが参加できる正式なルートが開かれたのも本懇談会の成果である。
 事務局の池上清子さん(ジョイセフ)によれば、継続的な対話を続ける中で、政府は「官尊民卑」の姿勢を徐々に変化させており、NGOにプロジェクトの一部を委託することに以前ほどの抵抗を示さなくなってきている。情報公開の面でも着実な進歩が見られるという。また、草の根無償援助のソフト面での強化等に関しては、公式・非公式の協議を続けるうちに徐々に政府の態度が軟化してきた。ただ、両者の間に「真のパートナーシップを確立するには、NGOのキャパシティー・ビルディングが不可欠」と池上さんは指摘している。

注1) United Nations. 1992. Agenda 21: The United Nations Programme of Action from Rio. New York: United Nations.  
注2) JACSES (1996年)『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発−地球サミット以降の主要援助国7ヵ国における取り組み』。
注3) The World Bank. 1997. IDA in Action 1993-1996. Washington DC: The World Bank. 
注4) ANGOC. Bankwatch. October 1996. Vol.5, No. 4. 参照。 
注5) MDBに関する主要援助国の取り組みについては、JACSES ブリーフィングペーパー・シリーズNo.5 を参照。「米国の開発援助を
注6) 細川弘明 (1997年7月)「アジア開発銀行と先住民族、ADB福岡総会での活動報告」『先住民族の10年News第36号』。
注7) ODAを改革するための市民・NGO連絡協議会「ODA改革に向けての提言」(1997年6月25日)。

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