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JACSES ブリーフィング・ペーパー・シリーズ
持続可能な開発と国際援助 No.9

開発における「参加」とODAの課題

発行:「環境・持続社会」研究センター


 開発のプロセスに主体者として参加し、自らの手で持続可能な社会を実現するということにある。

 このような新たな視点が世界的に広く普及するうえで大きな貢献を果たしたのが、1987年に国連環境と開発に関する世界委員会が発表した『Our Common Future 』(ブルントラント報告書)であり、さらに1992年に開催された国連環境と開発会議(地球サミット)である。ブルントラント報告書は、貧困の解決、環境と開発の両立の実現には限られた資源と開発による恩恵が公平に配分されるべきであるということを強調している。 そしてこのような公平性の原則を保証するためには、「意思決定過程において実効ある市民参加が確保される政治システムや、国際的な場での民主的な意思決定が必要である」としている。(注1) その後、国連人口と開発会議(1994年9月)、社会発展サミット(1995年3月)、さらに世界女性会議(同年9月)といった一連の国際会議を通じても、持続可能な開発における「参加」の意義と重要性は再確認された。

 さらに、70年代以降に展開してきた「女性と開発」(WID )あるいは「ジェンダーと開発」(GAD) 、そして「開発と人権」をめぐる概念的発展も、開発における「参加」に対する意識の高まりに大きな影響を与えた。つまり、ジェンダーや階層、民族の区別なく、すべての人々が社会、経済、政治のあらゆる側面で平等な参加の機会を持つ権利を保証されるべきであるという考え方が、「参加型開発」の概念を支える根本的な理念として認知されるようになったのである。

参加の二つの側面 ― 人々の権利、エンパワーメントの過程としての「参加」
 以上のように「開発における参加」あるいは「参加型開発」の重要性に対する認識は広く浸透してきている。開発分野における「参加」については概念的レベル、手法などの実践レベルの両面において多種多様な研究や論争が存在し、ここでは一つの定義を示すことは目的としていないが、一般に次のような点が指摘されている。

  • 「参加」とは、開発の恩恵や影響を受ける人々がその計画過程から主体的に関わり、その意思決定および資源・恩恵の配分に対して影響力を持つ過程である。言い替えれば、開発における「参加」は、開発の担い手である人々が自らの生活に影響を及ぼす事柄について、意思決定および実践の両面において主導権を持つことである。

  • 「参加」は人々が「意思決定過程への関与を通して、技能、知識、恩恵、資源を獲得する手段」である 。(注2) 開発における住民・市民の参加は、人々の社会への参加の意識と自信を向上し、主導性を高め、社会・政治・経済的な意味における、個人の能力の発展・強化(エンパワーメント)を実現する機会を提供する。

  • 参加型開発とは、住民が「参加」を通じて、イ) 自らの生活状況における問題を認識し、その原因である社会構造を批判的に理解する意識化、ロ) 開発に関わる協議、意思決定、実施、評価を集団で行う組織化、ハ)政府に対して諸制度の改革や住民要求の実現を求め、住民の意思が反映される市民社会を構築していこうとする一連のプロセスである。開発における具体的なプロジェクトの実施・運営能力の向上を含めた、人々のエンパワーメントはこれらのプロセスの構成要素であり、目的でもある。

 以上のように、「参加」は手段と目的という二面性を持つ。真の参加型開発とは、この両側面を満たすものでなければならない。つまり、プロジェクトの各プロセスにおいて影響を受けると想定される人々の参加が適正な形で確保されていることは当然のことだが、これらの参加プロセスを通じて、それらの人々が開発プロジェクトの計画・実施・評価、意思決定に影響力を持つための対処能力を向上することが不可欠である。そして、個別プロジェクトという枠を超えて、人々が社会・経済活動、政策決定プロセスに広範に参加できる民主的社会の実現こそが、真の参加型開発の目的といえよう。

2. 真の「住民参加」とは? - 開発援助における「参加」をめぐって
 近年、援助機関や政府が「住民の参加を促した」とする開発プロジェクトの事例が増えてきている。ここで重要な点は、どのような状況のもとに、どのようなプロセスと形態を通じて「住民参加」が実現され、さらにその結果がプロジェクトの内容あるいは結果にいかに反映されたのかということである。

 本来の意義や目的について十分な理解がないままに「住民参加」が進められると、そのプロセスは形骸化する恐れも大きい。「参加」という概念が「異なる状況において異なる意味を与えられている」(注3)という指摘もあるように、「住民参加」という言葉が特定の集団の利益や目的(開発プロジェクトの推進など)を実現するための有効な「道具」として、利用される危険性もはらんでいる。

 実際、「住民参加」あるいは「コンサルテーション」という名のもとに行われた会合が、実際には住民やNGOの意見を政策決定に反映するというよりも、むしろ政府や開発機関側の政策やプロジェクトの計画に対して正当性を付与するためのプロセスに利用されてしまう、といったことも途上国の住民組織やNGOはしばしば経験している。また、政府や援助機関側としては「住民の意見を取り入れた上で計画を策定した」とする開発プロジェクトが、地元住民の強い反対を招いて問題を引き起こしているケースも後を絶たない。

 このような問題が生じる原因のひとつは、プロジェクトにおける「住民の参加」をどのように位置付け、結果として何を目指しているのかということについて、援助機関や政府とNGO・住民の間での認識のギャップが存在することである。こうした「参加」の在り方をめぐって、いくつかの論点を以下に整理する。

参加型開発の「効果」とは?
 開発において参加型アプローチを導入することの効果として、一般的に以下のような点が挙げられている。

  1. 参加型アプローチの導入によってプロジェクトの効率性・持続性が向上する。
  2. 「参加」を通じて、住民のオーナーシップ意識を高めると同時に、住民のニーズ、意向を計画に組み込み、反映させることが可能になり、プロジェクトの質が向上する。
  3. 住民・地域社会のエンパワーメントを促進し、多様な立場の自由な発言を尊重し民意主導の意思決定を保証する市民社会の構築、民主的で開かれた社会の形成に貢献する。
 以上に挙げた点は、互いに排他的なものではなく、複合的に作用する性質のものである。また、これらの効果のほかにも、異なった立場の意見や視点を特定し相互理解を高める、住民に対してインフォームド・ジャッジメント(十分な情報を得た上で最適な判断を下す)の機会を確保する、政府・援助機関の説明責任(アカウンタビリティ)を向上することなどが挙げられる。

 援助機関や政府のなかには、「参加」をプロジェクトの効率性を高める手段として重視する傾向がみられる。実際、世銀の融資したプロジェクトにおける参加の経験に関する調査によると、世銀の住民参加に対する姿勢は、プロジェクトの受益者の対処能力や主導性を強化するというより、むしろプロジェクトの効率、費用効果を高めることに重点がおかれていることが指摘されている。(注4) 

 効率性の向上とは、住民がプロジェクト立案・計画策定に参加することにより、プロジェクトに対する理解が深まり、積極的な協力関係が築かれることで、スムーズな実施が可能となることを指す。その結果、プロジェクト実施に要する時間および費用は削減され、プロジェクトの効率化につながると考えられている。また、コミュニティの物質的・人的資源を動員することによってもプロジェクト費用の削減を可能にするとされている。

 しかし、このような「効率性」の側面から「参加」を重視する援助機関の姿勢は、しばしばNGOや途上国の住民からの批判を招いている。人々が自ら問題を認識・理解し、協議を行い、具体的な意思決定や実施に関与する一連のプロセスは、トップ・ダウンな決定プロセスに比べて、柔軟な対応を許容するための十分な時間を必要とする。また、住民をプロジェクトの実施における「より安価な人的資源」、あるいは労働力とみなすことは、「住民主体」という参加型開発の本来の目標とは相容れないものである。単にプロジェクトの経済的な「効率性」(費用対効果)を高める「手段」として「住民参加」のアプローチを取り入れようとすると、「参加」は外部からの押し付けとなり、効果どころか、かえって様々な弊害を招く結果となりかねない。

「コンサルテーション」=「住民参加」?
 開発における真の「参加」とは、一連の継続したプロセスであり、また一定の型にはまったものではなく様々な形態とレベルを通じて促進される。例えば、特定のプロジェクトの立案・計画・実施・評価への参加、より広範な地域の開発計画や国家レベルの開発戦略、援助機関の国別援助政策や森林、エネルギー、農業といった分野別政策の策定への関与など、様々なレベルでの参加が想定される。また、情報の相互共有や意見聴取から、公式な場(審議会や円卓会議など)を通じた意思決定への直接的な関与まで、いくつかの段階と形態をとる。

 援助機関は住民・NGOへの「コンサルテーション(協議)」として会合を設定することがある。しかし、こうした会合の開催そのものが、すなわち「住民参加」を実現したということには必ずしも繋がらない。重要なことは、その会合に誰が出席し、どのような情報が公開され、住民が自由に意見を述べる機会がどのように確保されるのか、さらにその会合がプロジェクトの意思決定プロセス全体においてどのように位置付けられるのか、といった会合の内容とそのプロセスである。

 時にはワークショップにおいて政府や援助機関、プロジェクト推進側から住民に対しての情報提供が行われるが、この段階では住民はあくまでも情報を受ける対象者として受動的な立場にあり、住民の主体的な関わりを目指す、本来の意味での「参加」の範疇とは言えない。情報提供は、住民参加を実現するうえでの「必要最低限の前提条件」である。

 また、開発プロジェクトにおける住民参加は、既に政府あるいは援助機関によって計画が確定されたプロジェクトの、実施段階のみに限定されるものであってはならない。1989年に開かれたNGOの国際会議で発表された「マニラ宣言」は以下のように述べている。「参加に関する従来のあり方は、援助機関や開発NGOがすでに優先事項やプロジェクトを決定した後に、コミュニティの参加を呼びかけるものであった。援助機関は自らの開発アジェンダの実施においてのみ開発NGOの助けを求めている」。(注5)このマニラ宣言が指摘する点は、現在もなお、多くのNGOや地域住民が直面している問題である。

「参加」の主体者は誰か?
 「参加」を進める際に、そのプロセスの主体となるべき人々は誰なのかということは重要である。時として、ある会合や協議への参加者が援助機関や政府によって一方的・恣意的に特定されたり、あるいはそのような機会についての情報が不足しているために限られた範囲の参加に終わるような場合もある。

 この点で、アジア開発銀行(ADB)の融資によるインドネシアの環境保全プロジェクトは、援助機関側の主張する「住民参加」と現実のギャップを示す典型的な事例である。(囲み1参照)このプロジェクトの計画調査にあたって、ADBは「プロジェクト・デザインを作り上げる協議の段階で、できる限り広範囲の利害関係者(stakeholder)を巻き込むよう努力した」とし、合計18の会合(そのうち半分は村落とコミュニティとの会合)を持ったと報告している。(注6)しかし、実際には住民代表が参加した会合は1回のみで、しかも住民代表はすべて移住計画に反対を表明していた。その後も住民は声明文を出すなど様々なかたちで反対の旨を伝えてきたが、こうした声はまったく無視されたまま、プロジェクトは推進されている。

 援助機関や政府が「住民との協議」というとき、「住民」とは誰のことを指すのか。プロジェクト推進にあたって、最も直接的に、しかもネガティブな影響を受ける人々(たとえば立ち退きを強いられる住民など)が、まず最初に相談を受け、最も重要な情報を与えられ、協議その他の意思決定に関わるプロセスに参加する主体であるべきである。この原則なくしては、いかなる開発プロジェクトであろうと、それは真の「参加」を実現したものとは言えない。

「参加」と社会の民主化、市民社会の構築
 「参加」あるいは参加型開発は画一的なものではなく、政治、社会、歴史的背景や状況によって柔軟なアプローチが必要である。人々の真の参加の実現は、市民社会としての成熟度や、民主的な意思決定を保証する政治的環境と密接な関わりをもつ。

 たとえば、インドネシアのスハルト独裁政権、あるいは中国やラオスといった一党独裁の社会主義国家では、真の意味で人々の参加を促すことは容易ではない。援助国や援助機関は、途上国の社会・政治的状況やコミュニティレベルでの慣習などを十分に考慮しつつ、ODAプロジェクトに住民の声をすくい上げ反映させる「参加」のプロセスを確保しなければならない。

 その際に最も重要な視点は、住民のエンパワーメントである。そして、コミュニティの外部者である援助機関は、住民自身が問題を認識し、発言し、意思決定へ参加するための力を自ら培い十分に発揮できるような環境づくりを支援することである。また、住民のエンパワーメントを支援していくとともに、被援助国政府との政策対話を通じても民主化を促進していくことが必要である。民主化という政治的コンディショナリティを被援助国に課すことについては、その妥当性やどのような形のコンディショナリティを付与するかについて、更に慎重な議論が必要であろう。しかし、その国の政治的環境や固有の「価値観」といったものを理由に、援助機関や援助国政府が住民参加のプロセスをおざなりにしたり、影響を受ける人々がプロジェクトの意思決定プロセスから疎外されている現状が黙視されるようなことがあってはならない。

 非民主的な政治制度や中央集権的行政制度は、真の意味での参加型開発を促進する上で大きな阻害要因となる。住民のエンパワーメント、民主化の促進という側面は、ODAによる参加型開発において、近年考慮されつつあるが、十分に取り組まれてきたとは言えない。住民の能力の向上は短期的に達成されるものではなく、また、民主化の問題も被援助国の内政干渉と捉えられかねないため慎重にならざるをえない事項である等、その取り組みは決して容易なものではないであろう。しかし、これらの事項なくしては、真の参加はなく、ODAの参加型開発において、より考慮していく必要がある。

3. 援助機関の「参加」に関する取り組み - 理念と実践
 単に、いかに開発プロジェクトの実施過程に「参加」を組み入れるか、といった技術的な面にのみとらわれると、人々の参加によって何を実現していくのか、なぜ「参加」が確保されるべきなのかといった本質的な問題を見落とすことになりかねない。他方、「参加」という概念をいかに実際の開発の現場で実現していくかという、具体的な手法や制度的側面についても、様々な観点からの検証と実践の積み重ねが必要である。従って、開発援助における参加のあり方は、理念的および実践的側面の両面からの検証が常に求められるものである。

 影響を受ける人々の十分な参加のないままに計画・実施されたプロジェクトは失敗、あるいは持続性に欠けたものに終わる可能性が高いことが、過去の多くの経験によって実証されてきた。こうした経験を踏まえ、多くの援助機関は、特に1980年代後半以降、プロジェクトの運営に参加型アプローチを取り入れるための様々な試みに力を入れるようになってきた。

 世銀やアジア開発銀行(ADB)では、過去数年、政策や国別援助戦略の策定プロセスにおいて、政策の草案の回覧や、必要な場合にはコンサルテーションの開催などを通じて、途上国のNGOからの意見を求めるようになってきた。また、カナダ国際開発庁(CIDA)や 米国国際開発協力庁(USAID)、スウェーデン国際開発庁(SIDA)などの二国間援助機関も、途上国における「持続可能な開発戦略」や「環境行動計画」の策定のための活動を支援し、その策定過程におけるNGO・住民グループの参加を奨励している。デンマーク国際開発機関(DANIDA)は20カ国の途上国に開発援助を行っているが、それぞれの国の支援優先分野を特定する「国別プログラム戦略」の立案過程に、当該国とデンマーク双方のNGO、経済界、労働組合、学者など広範囲な市民の参加を促している。(注7)

「住民参加」に関する政策及びガイドライン
 90年代半ば以降、USAIDや世銀などは「参加」に関する包括的な政策や原則を策定した。現在、ほとんどの援助機関は「参加」に関しての系統だったガイドラインは採用していないが、イギリス海外開発庁(UK ODA)は1995年4月に「利害関係者(stakeholder )の参加促進のためのガイドライン」を発行した。(注8)

 一方、世銀の環境影響評価(EIA)や非自発的移住、先住民族に関する政策やガイドラインには、影響を受ける住民やコミュニティの参加について言及している。例えば、EIAガイドラインは、より良い意思決定を促し、実施におけるコミュニティの協力を得るため、借入国は「プロジェクトの計画ならびに実施段階で影響を受ける人々の意見を十分に組み入れること」が期待される、としている。また、そのような協議を意義のあるものとするため、プロジェクト情報は「協議の事前に、時機を得て、なおかつ協議を受けるグループにとって意味が明確で理解しやすい言語によって提供されなければならない」としている。さらに、世銀の「非自発的移住に関するガイドライン」には、移住計画の策定にあたり「移転先(の住民)と移転住民は、彼等のオプションと権利について体系的に情報が提供され相談を受ける必要がある」としている。(注9)

理念・政策と実施レベルのギャップ
 以上のような援助機関の取り組みに対してNGOは一定の評価を与えているが、実際の援助活動において「参加」の理念や原則が十分に反映されているかについては、非常に懐疑的である。例えば、先に挙げたADBの「インドネシア環境保全プロジェクト」では、影響を受ける先住民族に対してプロジェクトに関する情報が提供されなかったばかりか、公聴会でNGO・住民から反対の意見が出されながら、プロジェクト計画段階でまったく考慮されないままADB理事会で融資が承認された。

 また、環境影響評価(EIA )あるいは社会影響評価(SIA )のプロセスは、住民やNGOがプロジェクト準備段階での意思決定に影響を及ぼす上での最も重要な機会のひとつであり、先に挙げた世銀の例にあるように、援助機関の環境ガイドラインにも住民の参加を確保することが謳われている。しかし、イギリスの国際環境・開発研究所(IIED)は、「すべての利害関係者が効果的に参加したEIAプロセスの事例はほとんど皆無に等しく、特にプロジェクトによって直接的に影響を受ける人々がいかなるレベルであってもEIAのプロセスに参加するということは稀である」と指摘している。実際、タンザニアにおけるEIAの実施に関する調査によると、地元住民の参加が欠けていたケースが全体の90%に及んだ。(注10)

 いまや開発における「参加」の重要性について意義を唱える援助機関や政府は存在しないが、同時に自ら掲げる「参加の促進」という理念とその実践の間には、依然として大きな乖離が存在することも認めざるを得ないだろう。開発における「参加」は人々の主体性を尊重し、「下から上への」意思決定プロセスを目指す。これに対して、「上意下達」や非公開性といった官僚機構の特質は、ODAにおける「参加」を促進する上での大きな障害となっている。援助機関・政府は、「参加」についての認識をより深めるとともに、ODAの制度・組織的枠組の抜本的な見直しと改革に取り組む必要があるだろう。

 なかでも特に重要な点は、(1)「参加」あるいは「参加型開発」をいかにODAに組み入れるかについての包括的な政策と指針(EIAやジェンダーなどの主要政策のなかに参加の原則とプロセスを明示することを含む)、(2)援助の公開性の向上(特にプロジェクト形成・計画段階での情報公開、現地語による情報の提供など)、(3)プロジェクト運営・管理における柔軟性(代替案に関する十分な協議や計画変更を可能にするための時間・予算や実施体制など)、(4)人材・人員の確保と専門性の向上、そして(5)アカウンタビリティ(被援助国の住民や援助国の市民、その他の利害関係者に対する説明責任)の確立である。

4. 日本のODAにおける「参加型開発」に対する取り組み
政策レベル
 参加型開発の重要性についての認識の高まりに伴い、日本政府も遅ればせながら、その開発政策の中において、「参加」の考え方を取り入れ始めている。ODA大綱においては、「政府開発援助の効果的実施のための方策」として、「民間援助団体(NGO)との連携を図るとともに、その自主性を尊重しつつ、適切な支援を行う」こと、及び「開発への女性の積極的参加及び開発からの女性の受益の確保について十分考慮する」ことが挙げられている。また、1990年以降、ODA白書や国際会議における政府代表演説などにおいても「参加型開発」の重要性が述べられている。(注11)

 しかし、これらはNGOのODAにおける「参加」の重要性を示唆するに留まっており、「参加型開発」を促進していく具体的な方策とは言い難い。また、ODA行政が多省庁にまたがり一元化されていないことを反映し、「参加型開発」についても、省庁、OECF、JICAなどの機関の間に、一致した取り組みや方策は見られない。

  例えば、昨年一年の間に、外務省、経済企画庁、通産省からそれぞれODA改革に関する提言が発表されたが、これらの提言書のいずれについても、住民参加の意義や重要性を理解した提言は非常に限られており、通産省の提言においてはまったく言及されていない。(注12) 住民参加について、外務省の「21世紀に向けてのODA改革懇談会」は「相手国政府の理解を得て、開発途上国の現地の住民との連携を拡大する。また、途上国政府が参加型開発を促進することが重要である」としており、被援助国政府に対する外交的配慮の必要性が示唆されている。一方、経済企画庁は「評価にかかる改善策の一部として、地元住民などの意見を事後の経済協力に反映させる仕組みを検討すべき」と、住民参加の重要性を示唆しているものの、これらは住民参加の意義を理解した具体策を提示するものとはいえない。

 さらに、広義の参加型開発として捉えられる民主化の問題について、外務省は「「良い統治」「人権尊重」「民主化促進」といった原則が今後も重視されるべきである。・・・民主的選挙支援、人権の擁護・促進、・・・更に積極的かつ迅速に取り組むべく、能動的かつ機動的な案件形成を行うことが重要である」と述べている。「民主化促進」という政治的な観点から考慮がなされていることは評価できるが、能動的かつ機動的な案件形成が具体的に何を意味しているかは明確ではない。

 参加型開発の促進には不可欠であるNGOの役割については、外務省は「住民との連携を拡大し、参加型開発を促進するため、援助現場において活動実績のあるNGOとの連携を強化する。政策協議、調査団派遣などの機会に、現場のNGOの連合体ないし代表と政策的な対話の機会を持つ。」等、参加型開発を視野に入れたNGOとの連携について述べ、資金・技術面でのNGO支援の強化、対話機会の推進・拡充を提唱している。通産省、経済企画庁も、NGOの自主性を尊重し、支援・協力を行うことが提言されているが、参加型開発の視点からのものとは言い難い。

実施体制
海外経済協力基金(OFCF)
 OECFには、参加型開発案件を中心的、専門的に扱っている部署はない。円借款プロジェクトにおける環境配慮及び社会開発的側面の配慮を強化するための体制整備として、1987年にWID担当職員が一名配置されたことに始まり、93年に開発企画部に環境社会開発課が、97年10月には環境室が設立された(現在の人員は8名)。この環境室は、住民参加、参加型開発に関して、経済インフラ案件に対しては管理者として、社会インフラ案件に対してはアドバイザーとしての役割を担っている。現在、環境室は、社会インフラ案件における参加と社会的側面の配慮に関して、プロジェクトの計画策定、運営・管理へのこれまでの住民参加についての調査を行い、OECF業務において参加型開発をスムーズに実施するための、業務担当者向けの手引き書の作成を進めている。

 円借款プロジェクトの執行においてどのように住民参加を確保するかについて、OECFには組織全体で共有されるような政策やガイドラインはない。明文化されたものとしては、1995年8月に改訂された「環境配慮のためのOECFガイドライン(第二版)」のなかで、住民移転への配慮のあり方として言及されている。このガイドラインはOECFの審査の指針と借入国が開発事業の計画・準備段階において配慮すべき環境面の諸事項を示したものだが、住民移転への配慮のあり方については、(1)移転住民数が必要最小限になるように計画策定段階で代替案を慎重に検討すること、(2)住民移転の影響を軽減するための計画をあらかじめ策定することとし、(3)「その計画は、借入国によって移転住民の意向が十分聴取されたものでなければならない」と、参加の重要性が明記されている。

 このガイドラインには移転住民が移転計画の策定において意向を表明する機会の必要性が明記されている。しかし、その前段階、つまりプロジェクトの計画策定段階において、住民移転を避けうるものを含めて代替案を検討し、その際に住民の意向が反映されることを保証するメカニズムが必要である。OECFは、ガイドラインに示した上記の配慮事項が満たされていない場合、貸付承諾稟議にサインをしないことにより事業を差し止めるという権限があるが、現在までにこの権限が行使されたことはない。

 参加型開発に関連した人材養成については、制度化されたものはないが、1997年には職員有志による参加型開発勉強会が行われている。ここでは、参加型の手法をOECF業務にどのように生かしていくかを共通の関心事とし、実際に参加型開発事業に携わったJICA専門家、コンサルタント、NGO、OECF職員等の現場での経験のシェアが行われている。

国際協力事業団(JICA)
 JICAにおいて、「参加」「参加型開発」への対応を主として行っているのは企画部企画課であり、同じ企画部の環境・女性課と連携している。各プロジェクトの要請があがった後、環境・女性課は、「参加」を必要とするWID、貧困、人口、エイズ、リプロダクティブ・ヘルス等のプロジェクトに対してアドバイスを行う。また、各事業部には、WID・環境の担当者も置かれている。

 現在のところ、JICAでは、参加型開発そのもののガイドラインはない。1993年に作成された「WID配慮の手引書」には女性参加の視点が含まれている一方で、「環境ガイドライン」(1991年)の中には、住民参加の視点が含まれているとは言い難い。しかしながら、参加型開発に関連した調査・研究は進められており、「参加型開発と良い統治分野別援助研究会報告書」(1995年)では、参加型開発に関連するガイドラインの整備が提言されている。

 また、プロジェクト方式技術協力事業を中心に、PCM(Project Cycle Management)手法の導入が進められており、調査等の業務委託において、調査段階にRRA(Rapid Rural Appraisal)、PRA(Participatory Rural Appraisal)を含めることを指導している事業部もあるが、これらの手法について、PCMを除いては、JICA全体の指針は特にない。(注13) 人材育成の点については、制度化されたものではないが、職員有志による「参加型開発」の勉強会が開かれている。

参加型プロジェクトと大規模プロジェクトにおける住民参加
 近年、ODAプロジェクトの中にも、その計画、実施、評価等の段階に住民参加を取り入れたことをアピールしたプロジェクトも、限られたものながら見られるようになってきた。JICAでは、住民のニーズに基づき、住民自身の参加を通じて、村落振興・森林保全を行うことを目指す「ネパール村落振興・森林保全計画」など、住民参加を取り入れたプロジェクトが実施されている。OECFが融資を行った案件では、「タイ小規模湖沼開発事業」がその施設の運用維持管理に住民参加を取り入れ、「フィリピン上水道整備事業」では住民が組織する水道組合が水道施設の管理を行うことになっていた。(囲み2参照)プロジェクトの評価に関しては、東北タイにおけるOECF融資による農村開発事業の現状を住民の視点から分析するために、住民参加方式であるRRAを用いての農村調査が今年度実施された。

 上記のように、ODAプロジェクトにおいて住民参加が取り入れられ始めたことは評価されるべきものであるが、適正な段階での適正な参加が行われているかは疑問である。特に、プロジェクトの形成、計画段階での地元住民やNGOの参加は、現行のODA執行メカニズムの中では非常に限られた範囲にとどまっているのが現状である。例えば、前述のフィリピンのプロジェクト事例についても、参加型開発への関心がまだ低かった時期に計画されたプロジェクトであるとは言え、実施段階に加え、計画段階において住民の参加を促し合意形成が十分に成されていれば、効果はより大きいものになったかもしれない。

 また、このような「参加型開発」のプロジェクト事例が挙げられる一方で、本来考慮すべき住民参加の観点が欠落している大規模プロジェクトについての報告もなされている。ダムや火力発電所など大規模なインフラ建設プロジェクトが地元の地域社会、環境・社会に及ぼす影響は大きく長期的である。関連の住民のニーズや意向がプロジェクトの立案・計画策定、評価プロセスに反映されるよう、関係住民、コミュニティ、NGOの意思決定への参加が保証されなければならない。

 そのためにまず最低限必要なことは、プロジェクトの準備段階での住民やNGOに対する情報の公開である。特に、EIA関連情報の公開については、世銀やADBなど他の援助機関においては国際的な基準となりつつあるが、OECFは現在のところEIAに関する情報は一切公開していない。また、住民の意向に十分配慮したODAプロジェクトの推進を実現するためには、特に案件発掘・形成及び計画段階における、現行のODA執行メカニズムの抜本的改革が必要であろう。

5. 課題と提言:真の「参加型開発」を促進するために
 上述したように、ODA開発プロジェクトの各プロセスへの住民参加は徐々にではあるが行われている。しかしながら、適正な人々の適正な形での参加を確保し、住民参加が単にプロジェクトの正当性を付与するためやコスト削減のためだけに終わらず、住民のニーズや意見を十分にくみとるためには、日本のODAにおいて取り組むべき課題は多い。以下では、これらの課題を整理し、改善に向けての提言を述べる。

1)政策・ガイドライン
 ODA全般において「参加」の視点を組み入れていくためには、「参加型開発」あるいは「開発における参加」についての認識と具体的な方策を示した政策を確立することが必要である。これには、「住民参加」「参加型開発」の重要性について唱えるだけでなく、具体的にどのようにODAにおいて実現していくのかについて、実施体制における指針が示されるべきである。また、こうした政策の策定プロセスにおいては、関連省庁、実施機関のみならず、関連NGOや幅広い市民の代表が参加し、意見の交換が行われるべきである。

 「参加型開発」をODAの全ての側面に組み入れるために、ODA執行に関わる機関の職員の指針となるガイドラインは必要であるが、前述したように、OECF、JICAともに「参加型開発」そのもののガイドラインはない。政策の策定と同様に幅広く意見交換をおこなったうえ、開発プロセスにおける住民、コミュニティ、NGOの適正な形での参加を確保し、また、それを支援していく体制を整備していくため、具体的かつ実用的なガイドラインの作成が検討されよう。また、WIDや環境のガイドライン等にも、参加の視点を更に盛り込んでいくべきである。しかしながら、参加の最適な度合いやあり方は、案件により、またプロジェクトが実施されるコミュニティ・地域・国の社会・経済的状況により異なってくる。ガイドライン、基準、手法は、これらの異なる状況に対処する実施機関、現場の柔軟性を損なうものであってはならない。

2)情報公開
   ODAプロジェクトの立案・計画策定、評価プロセスに、関係住民やNGOの意見が反映されるよう、参加を促進する上で、住民やNGOに対する情報の公開は必要不可欠である。特にプロジェクト準備段階での住民の意見や見解の聴集が不可欠だが、その際には、プロジェクトの便益とともに想定されるネガティブな影響についても、公正な情報が提供されなければならない。現在、世銀やADBを始めとしてほとんどの援助機関はEIA情報を公開しており、日本としては最低限、国際的なレベルまで情報公開を進める必要があるだろう。さらに、世銀やADBでは最近、徐々にではあるが、主要な文書の現地語への翻訳に着手している。日本のODAの規模とその影響の大きさを考慮すると、こうした取り組みを進めるための人的・資金的な強化が急務であろう。

3)援助の評価における「参加」の視点
 「参加」は、量だけではなくその質が問われる事項である。例えば、参加している住民がある程度の数に達していても、コミュニティにおける権力者、有力者のみが参加して、弱者の参加が排除されるならば、参加により住民のニーズが適正に汲み取られるとは言い難い。住民の参加が行われていても、その方法が政府または実施機関と住民の間の双方向のコミュニケーション、合意形成に基づかず、政府または実施機関からの一方的な指示によるものならば、参加の目的のひとつである住民主体の意思決定、能力向上が促されるかは疑問である。

 したがって、プロジェクトの選定や評価において、量的側面だけでなく、質的な側面を考慮にいれた「参加」に関する基準・指標を整備、確立していくべきである。また、これらの基準を使って、JICA及びOECFにおいて導入されつつあるPCM(Project Cycle Management)、RRA(Rapid Rural Appraisal)/PRA(Participatory Rural Appraisal)等の、プロジェクトの策定、モニタリング、評価の手法・枠組みを改良・整備していく必要もあるだろう。

 現在、住民参加によるプロジェクト評価もいくつか行われているが、「参加」が単にプロジェクトを正当化することに終わらず、住民のニーズ、意思をくみあげ、また住民の能力を向上させるために機能しているか等、「参加」の状況もその評価の対象とすべきである。OECF環境室はこれまでに実施された「参加型開発プロジェクト」について調査を進めているとのことであるが、このような事例研究は、異なる状況下における参加のあり方についてヒントを得、プロジェクトの計画及び実施にフィードバックさせるのに非常に有効である。今後もこのような調査を進め、事例の蓄積を行っていくことが必要である。加えて、参加のあり方に影響を与える上記の社会状況について分析・調査を進めるとともに、その分析手法の整備を進めることも重要である。

4)「参加」を可能にする組織・人材の強化
   OECF、JICAには、参加そのものの部署や担当者はなく、参加事項に対処している環境室、企画課、環境・女性課にしても、その取り扱う案件数に対して、十分な人員を有しているとは言い難い。参加型開発を更に促進していくためには、参加に関する問題を集約的に扱う部署を設置したり、参加の担当者を拡充することが望ましい。例えば米国のUSAIDでは、1993年に政策・プログラム局Office of Cross-Cutting Initiatives内に「参加アドバイザー」を任命している。また、参加型開発の担当者のみならず職員全体の参加に対する意識を向上させ、対処能力を強化していく必要もある。

 被援助国において参加型開発を促進していくためには、援助機関の人員が被援助国側に長期に滞在し、長期間にわたるコミットメントを行うことが必要となる。当該国の事情にも精通し、長期的協力関係を築くためにも、海外事務所の職員の増員、その任期の見直し、権限の委譲を図る必要があると思われる。さらに、援助機関の外部の人材の確保・活用も、参加型開発の促進には必要である。被援助国の社会分析を行うことのできる専門家、コンサルタント、住民の意識化、組織化を促進していくファシリテーターを確保していかなければならない。特に、現地の状況に関する知識や草の根プロジェクトの実施経験の蓄積を持つ現地NGOや現地の専門家をより積極的に活用していく必要があるだろう。

囲み1:
インドネシア 中央スラウェシ総合地域開発および環境保全プロジェクト
(Central Sulawesi Integrated Area Development
And Conservation Project)

1. プロジェクト概要
 インドネシア、中央スラウェシ州のロレ・リンドゥ国立公園(LoreLindu National Park)とその周辺地域の117村落(122,000人)、および国立公園に隣接する水源地帯を対象にした、アジア開発銀行(ADB)による村落開発型の環境保全プロジェクトである。国立公園そのものの管理システムの改善・強化だけでなく、周辺(Buffer Zone)の村落の社会経済環境の向上により、総合的にプロジェクト対象地域の生物多様性保護を目指すという目的を掲げている。具体的には、国立公園及びその緩衝地帯の管理 の強化・向上の為の環境保全プロジェクトに村落開発関連プロジェクトを組み合わせ、環境保護と周辺住民の所得向上、健康改善などを図るといったものであった。同プロジェクト実施に当たっては、ANZDEC Consultant Ltd. (ニュージーランド)が環境影響調査(EIA)を実施し、アメリカに本部を置くNGO、CARE とThe Nature Conservacy (TNC)が協力した。

2. 「情報公開と参加」から見た問題点
 このプロジェクトを「参加」の視点から見ると、幾つかの問題点が挙げられる。プロジェクト実施にあたり、一番の懸念事項は同国立公園内に住むカトゥ人(Katu)の移住計画であった。カトゥ人は同国立公園指定地域内に約64世帯、201人が村落を形成しているが、ADBは、カトゥは焼き畑耕作を営み、ラタン・木材を違法に伐採しており、国立公園の環境への脅威となっていると報告している。よって、同プロジェクト支援に伴い、この村落を、そこから約30km離れた地域へ移転させる予定であった。ADBは、彼等の移住をADBの移住ガイドライン(Guidelines on Involuntary Resettlement)に沿って実施するとしているが、プロジェクト実施機関であるADBと立ち退き対象住民との間の主張に大きな隔たりがある。
 まず、第一に、プロジェクト計画段階での参加、つまりコンサルテーションの問題である。ADB は、EIA報告書の中で、プロジェクト・デザインを作り上げる協議の段階で、出来る限り広範囲の「利害関係者」を巻き込むため、様々な形の会合を持ち、十分な協議が行われた上で、立ち退きへの住民の合意が得られたと述べている。しかし、移住対象であるカトゥ人への初期段階からの十分な情報公開、協議といった形での参加の機会があったとは言い難い。  例えば、ADBは、公開協議、参加型利害関係者ワークショップ、プロジェクト受益者、NGO、政府関係者との、合計18の会合を開き、うち半分は村落コミュニティとの会合であったとEIA報告書で述べている。しかし実際は、プロジェクト・デザインの段階でカトゥの人々のインプットが全くなかったことは言うまでもなく、EIA実施期間(1996年9月〜97年2月)までの間にも直接カトゥの村落での会合が開かれたことはなかった。カトゥの人々は、間接的な形でしか同環境保全プロジェクトの内容とカトゥ村の移住計画について情報を得ることができなかったのである。唯一、タナ・ムルデカ財団、エヴァーグリーン、インドネシア環境フォーラム等地元NGO、カトゥ代表、地方政府が参加したワークショップがEIA実施期間中(1996年11月)に1回だけ開催され、この際にはNGO・住民代表ともすべて移住計画に反対を表明した。
 その後もカトゥの村民は一貫して移住計画に反対の意思を表明している。例えば、1997年12月、カトゥ村の慣習首長はインドネシア国家人権委員会、国会、森林省を訪問し、バルウラ(Baleura)への移住を希望していない旨を表明したり、カトゥ村代表とNGO、学生らが共同で、中央スラウェシ州議会でデモを行い、移住拒否の姿勢をアピールした。また、彼等が一貫して主張しているのは、バルウラではなく、カトゥの村から約2km離れたパラウェリ(Palawali)への移転ならば受け入れるという代替案であったが、それを計画に反映させていく機会はほとんど与えられなかった。ADBはプロジェクト承認のための理事会への報告書(RRP)において、カトゥが移住に合意し、十分な協議が行われたと報告するなど、カトゥの人々の意向を事実上無視して計画を進めてきたと言える。
 第二に、「プロジェクトによって影響を受ける住民」(project-affected people) とは、誰なのか?といった問題がある。ADBは、プロジェクト・ミッションがカトゥ村の自警団の長と会い、バルウラという移転サイトへの移住に合意したと主張している。しかし、実際は同ミッションに会ったのは隣村の小学校校長で、しかもカトゥの人ではなかったのである。このように、ADBがカトゥの村落社会の状況を正確に調査し、把握していたとは思えない状況を見ると、ADBの主張する「住民代表」とは誰を指しているのか?という根本的な問題に配慮が足りないのではないかと思わざるを得ない。
 結論として言えることは、このプロジェクトにおける「参加」は、そもそも初めから自発的なものではなかったということである。「はじめに国立公園ありき」で、そこに住んでいた住民の「参加」は、環境保全の為のリップサービスにすぎない典型的な開発プロジェクトの現状が如実に現われたケースであった。
(情報提供:日本インドネシアNGOネットワーク 川上園子)

囲み2:JICA・OECFによる「参加型開発」プロジェクトの事例
「ネパール村落振興・森林保全計画」

 1994年7月から、山間部のカスキ、バルバット郡において開始されたこのプロジェクト方式技術協力は、青年海外協力隊による「緑の推進協力計画プロジェクト」と連携して行われており、村落住民のニーズとイニシアティブに基づく村落振興活動を通じて、住民の生活水準向上を図りながら、森林資源の減少緩和、森林地域の拡大を目指すものである。
 「緑の推進協力計画」では、山間部に協力隊員とローカルボランティア各1名から成るモニター/プロモーター(M/P)チームを配置し、住民が自ら地域のニーズを掘り起こし、地域振興計画を立案、実施、管理していくことを支援している。チームは住民と一緒に生活をし、協力活動全体の枠組みと方法の普及を行うとともに、住民が立案した村落振興事業を実施する際、使用者間の意見調整や技術的な支援を行っている。チームのローカルボランティアとそれをスーパーバイズするフィールド・マネージャーは、公募選定を経て委託した現地NGOが担っている。プロジェクト方式技術協力は、地方行政組織と連携して、M/Pチームが介して行われる村落振興事業の立案・実施に対して技術的、資金的支援を行っている。このような体制のもと、これまでに、住民のニーズに基づき、共同の水道タンク、水汲み場、トイレづくり、学校の校舎の修理、稲田用の水路整備等が、住民自身の共同作業により行われてきている。
(参照:JICA年報、1996年)

「フィリピン上水道整備事業」

 OECFが1978年以来4期にわたり借款を供与した事業であり、約4万本の深・浅井戸の建設・改修、1,200の井戸の公共栓へのレベルアップ、公衆衛生の向上、生活環境の改善が図られた。水道施設の維持管理は受益者である住民が組織する集落レベルの水道協同組合が行うことになっていたが、実際の組織率は約5割に留まり、適切な維持管理が十分に行われなかった施設もあった。OECFでは1997年から98年にかけて、援助効果促進調査チームを派遣し、施設の維持管理状況、地方自治体の財政的・事業運営能力、住民参加、ジェンダー配慮についての調査を行った。OECFはこの調査結果として、施設の維持管理のための住民参加を得るためには、料金支払・労働力提供等の負担をしてでも事業を実施したいという住民の意思確認が重要であるとしている。(参照:OECFニュースレター 1998年6月号)

注釈
1)環境と開発に関する世界委員会 (ブルントラント報告書、邦訳)『地球の未来を守るために』。
2)Deepa Narayan, The Contribution of People's Participation : Evidence from 121 Rural Water Supply Projects., p7.
3)Hartmut Schneider ed. Participatory Development : From Advocacy to Action.を参照。
4)Samuel Paul, Community Participation in Development Projects : The World Bank Experience を参照のこと。
5)"Manila Declaration on People's Participation and Sustainable Development," A statement of the participants in the Inter-Regional Consultation on People's Participation in Environmentally Sustainable Development (June 1989).
6)Asian Development Bank, Technical Assistance to the Republic of Indonesia for the Central Sulawesi Integrated Area Development and Conservation Project (December 1995) 及び Summary Environmental Impact Assessment Central Sulawesi Integrated Area Development and Conservation Project (May 1997).
7)詳しくは「環境・持続社会」研究センター 『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』第3章を参照のこと。
8) 同上
9)World Bank Operational Directive 4.01 : Environmental Assessment及びOperational Directive 4.30 : Involuntary Resettlement。
10)Stephen Bass, Barry Dalal-Clayton, Jules Pretty, Participation in Strategies for Sustainable Development, p17-18を参照。
11)1994年9月に開催された国連人口開発会議で日本政府は、人口分野ODAにおいて「プロジェクトを形成する段階からの対話も含め」NGOによるプロジェクトの支援を強化していくことを表明した。
12)外務省は外務大臣諮問の「21世紀に向けてのODA改革懇談会」を、経済企画庁は「経済協力政策研究会」、通産省は通産大臣の諮問機関「産業構造審議会」に経済協力部局を設け、それぞれ「ODA改革に向けての提言」を行った。これら三省庁の提言についての分析は、『「ODA改革」をどうするか - 市民・NGOからの提言』(1998年3月)に詳しい。
13)RRA(Rapid Rural Appraisal)は、開発プロジェクトの調査、計画、評価に用いられる社会調査手法の一つで、対象地域の住民の質的ニーズや知識を把握するために有効なものといわれている。PRA(Participatory Rural Appraisal)も同様の調査手法だが、より参加に重点を置いている。

参考文献
ODAを改革するための市民・NGO連絡協議会 『シンポジウム「ODA改革」をどうするか−市民・NGOからの提言−』 1998年3月。
P. オークレー編著『国際開発論入門 住民参加による開発の理論と実践』 (勝間靖、斉藤千佳訳) 築地書館、1993年。
海外経済協力基金 『環境配慮のためのOECFガイドライン(第二版)』 1995年。
海外経済協力基金 『OECF ニュースレター No.62』1998年5月。
海外経済協力基金 『OECF 年次報告書 1997』1997年。
外務省経済協力局 『わが国の政府開発援助 ODA白書』1997年。
「環境・持続社会」研究センター 『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発』 1996年。
環境と開発に関する世界委員会『地球の未来を守るために」 (邦訳)福武書店、1987年。
国際協力事業団 『WID配慮における社会/ジェンダー分析手法調査報告書』1993年12月。
国際協力事業団 『環境ガイドライン』 1991年。
国際協力事業団 『参加型開発と良い統治分野別援助研究会報告書』 1995年3月。
国際協力事業団 『JICA年報 1996』 1996年。
Stephen Bass, Barry Dalal-Clayton, Jules Pretty, Participation in Strategies for Sustainable Development, London : International Institute for Environment and Development(IIED), May 1995
Donald A. Messerschmidt, Rapid Appraisal For Community Forestry : The RA Process and Rapid Diagnostic Tools , London : IIED, 1995
Deepa Narayan, The Contribution of People's Participation : Evidence from 121 Rural Water Supply Projects. Environmentally Sustainable Development Occasional Paper Series No.1. , Washington, D.C.:World Bank , 1995
Samuel Paul, Community Participation in Development Projects : The World Bank Experience. World Bank Discussion Paper 6, Washington, D.C. : World Bank, 1987
Hartmut Schneider ed. Participatory Development : From Advocacy to Action , Paris : OECD, 1995

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