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JACSES ブリーフィング・ペーパー・シリーズ 持続可能な開発と国際援助 No.11
アジアの民活インフラと援助:
リスクを負うのは誰か?
発行:「環境・持続社会」研究センター
ここ数年、全体的には足踏み傾向にある二国間ODAに比べ、途上国への資金の流れの中における民間資本投資の増加は目覚ましいものがある。1990年代初頭、ODAは途上国へ流れる資金の半分以上を占めていた。ところが、1997年になると、ODAの割合はわずか15%になり、途上国へ流れる資金のほとんどが民間資金によるものとなった(UNCTAD 1998)。1996年に途上国への民間資金の流入は2440億ドルでピークに達し、これは1990年の440億ドルの5倍以上であることを見れば、いかに急速にその流れが加速してきたかわかる(Brown et al. 1998)。(注1)
こういった途上国における民間資本による投資増加の傾向の中でも、特に近年注目されているのが民間資本導入によるインフラストラクチャー整備事業(以下、民活インフラ整備という)への取り組みである。インフラストラクチャー、つまり高速道路やダム、空港、上下水道施設などの基礎経済・社会基盤は、伝統的には公共事業として国家予算で整備されてきた事業である。民間企業はこういった公共事業の請負業者(コントラクター)として関わることはあっても、最終的な事業主(オーナー)はあくまでも国家であった。一方、民間資本を活用したインフラ整備への取り組みは、世界的な規模で進んでいる民営化の一形態として捉えることができる。これまで国営企業が運営していた事業を民営化し、民間企業に運営を任せ、市場競争原理の導入を図ることにより、途上国の国家予算規模とODAなどの援助資金との兼ね合いで考えると到底不可能であったような巨大インフラ・プロジェクトが、ラオスやネパールといった最貧国にまで可能となったのである。
しかしながら、一見完全に市場原理導入型のプロジェクトに見える民活インフラ整備事業だが、その背後で大きな原動力となっているのは、世界銀行グループ(以下、世銀グループ)等の公的機関による様々な形式の民活インフラ支援政策である。実際、途上国の等については、世銀グループのような国際機関の支援なしには民間企業はリスクが高すぎて二の足を踏んでしまうことが多いので、民間資金の流れを促進する役目として、世銀に対する期待は大きいと見られている。
その期待に応えて、世銀グループは様々な形で民活インフラ整備への支援策を進めている。しかし、この分野は比較的新しい傾向であるだけに、一般世論としてプロジェクトのメリット、デメリット、社会における影響、公的援助資金を利用して民活プロジェクトを支援することの是非等、様々な角度から十分に議論されているとは言い難い。よって本ペーパーでは、民活インフラ整備の仕組とそこにおける世銀の役割を、特にアジアの事例を中心に整理すると共に、世銀グループの民活インフラ整備支援の問題点を考察する。
1. アジアの民活インフラ事業の動向
まず第一に、こういった民活インフラ整備導入の背景として、どのような事情があるのかを検証したい。1990年代に入って民活インフラ事業に対する需要が一気に高まった背景としては、資金・技術の供給者側の欧米企業と需要者側のアジア各国の思惑が一致した結果であるとの見方が一般的である。(注2)エネルギー・セクターを例に挙げてみると、供給者である欧米電力会社の自国内での民営化促進、規制緩和によるコスト競争の激化という要因が指摘できる。発電事業を行う企業の数が増えるにつれ、国内での価格引き下げ競争やシェアの分配も激しくなり、企業は新たな市場開拓として途上国の売電事業に進出してきたのである。特にアメリカでは、発電事業は従来より民間によって営まれており、国家的な総エネルギー節約の観点から高効率発電システムへの転換や小規模エネルギー活用 (小規模水力など)を目指した独立発電事業者 (Independent Power Producer: IPP) 制度が導入され、それがプロジェクト・ファイナンスと結び付いて、現在の途上国の民活インフラ・プロジェクトの原形のようなシステムが出来上がっていった(林 1996)。
一方、ダム建設の例を取って見れば、自国での大型ダムによる河川治水事業の根本的な見直しなどを要因として指摘することができる。自国でのダム建設に限界を感じた先進国のダム開発業者は、手付かずの市場として途上国の大規模ダム開発に積極的に参入してきているのである。この傾向は、欧米諸国だけではなく、日本の電力会社も海外での発電事業に参入し始めるなど、その動向が注目されている。(注3) 現在の東南アジア経済は低迷を深めているが、長期的に見ればエネルギー需要が増大する傾向にあり、企業としても、国内事業で培ってきたような設備の施行管理、経営マネージメントのノウハウを生かし、新規市場を開拓できる機会とみているのである。
1995年時点で、電力、交通の2部門のプロジェクトが、全世界でのファイナンス組成および建設契約が完了した183件の民活プロジェクト全体の46%を占めていたことが示すように(庄司・山岸 1997)、一般的に言って民活インフラ整備は、電力セクターの発電部門と交通セクターの有料道路事業に集中していた。しかし、発電事業、有料道路以外にも、空港・港湾整備、高架鉄道、地下鉄、上下水道、通信など様々なプロジェクトに民間活力が導入され、その適用範囲はどんどん広がっている。こうしたインフラ需要のうち、民間資本によっても実行可能であるのは、商業的採算性を第一に考慮しなければならないのでごく限られている。にもかかわらず、1997年の世界銀行年次報告によれば、少なくとも80ヶ国の、通信、エネルギー、水、輸送の分野で1,200件近い民活インフラ・プロジェクトが進行しているという(世界銀行 1997)。1997年に始まったアジア通貨危機は、民活インフラ導入の向かい風となっているが、長期的な視野でみれば、この分野の需要は右肩上がりで拡大していくだろうと思われているのだ。
また、需要者であるアジア各国にとっても、こういった民間のイニシアチブは歓迎すべきことと見なされていた。従来は、経済成長が進むにつれて、同時にインフラも整備されるものと考えられてきた。しかし、アジア各国は、急速な経済発展で工業化が進んできた速度に、社会・経済基盤整備が追い付くことが出来ず、その経済成長とインフラ整備の速度のアンバランスさによる経済損失が問題となってきた。インフラ未整備による経済損失の例をベトナムのケースで説明してみる。1998年の夏はエル・ニーニョの影響と思われている干ばつによる水不足で、電力供給の大部分を水力発電に頼っているベトナムは、深刻な電力不足に悩まされた。(注4) このベトナムの電力不足は、ベトナムに投資を考えている外国企業にとっても大きな問題である。例えば電力の供給が不安定な場合、ベトナムでの工場進出を考えている外国企業は、自家発電機を工場に設置することが不可欠であろう。これらの設備投資はその企業の製造コストを引き上げることになり、反対に国際競争力を下げることになるのである。これはほんの一例であるが、このようなインフラの適切な整備がないことによる経済的コストの問題はアジアの至る所で見られる。
東南アジアの国々は、安い労働力をインセンティブとして、外国資本及び技術の導入による輸出依存型の経済成長の道を模索してきた。しかし、工業化が進めば労働者の賃金も上がるため、外国資本は国際競争力を高めるため、より労働コストの安い国へと移っていくのが常である。よって、来るべき労働コストの上昇に対して生産性を向上しコストを下げるという形で対抗しないかぎり、いずれは外国資本はより労働コストの安い地域へ流出してしまい、外国資本投資に依存した形での経済成長は望めない。しかし、インフラ整備を後まわしにしては、上記のようなインフラ未整備が原因で経済的コストが高くなることが障害となり、生産性の向上にはどうしても限界がある。そのような背景から、「長期的に見た場合、インフラを整備しなければアジアの成長はない」とまで言われているのである。(注5)
それではインフラ整備をすれば良いのだが、多大な財政赤字を抱えた途上国政府はその資金をどこから調達するのかが問題であった。これまで、ODAなどの援助資金が最も重要な財源ではあったが、その二国間援助も全体として先細りしているのが現状である。1998年度版ODA白書によれば、ODA全体の実績総額では日本は7年連続世界一ではあるが、二国間ODAの実績は対前年比で11.2%減少している。
一般的にインフラ整備事業は採算性が低く、海外資本の流入しにくい所であり、だからこそ従来は公共セクターの分野であった。しかし、インフラ整備への財源を確保することは、債務超過でこれ以上援助の名の下に借金を重ねることが難しい現状から、途上国政府にとって非常に困難な状況にある。
このような状況に活路を開いたのが、BOT方式による民間の資金・ノウハウを活用した民活インフラ整備である。BOT方式とは、Build(建設)-Operate(操業)- Transfer(移転)方式 (もしくは、BOOT『Build-Own-Operate-Transfer』方式とも言う)、つまり民間企業が施設を建設して、一定期間操業した後、現地政府に所有を移転するインフラ整備方式を言う。今では奇蹟のシステムのように取り上げられており、あたかも民活にし、市場競争原理を導入しさえすれば、途上国政府は一切資金負担をすることなく、大規模インフラ整備が可能になると信じられているようである。しかし、はたしてそのような夢のような話が本当に可能なのであろうか?
2. BOT方式によるインフラストラクチャー・プロジェクトとは?
BOT方式とは、民間事業主体が、当該事業を担保にノンリコース (Non-Recourse) (注6)もしくはリミテッドリコース (Limited-Recourse) の融資を受け、民間事業主体が限定責任範囲内で運営するインフラ事業のことである。事業対象は電力、通信、交通 (高速道路・鉄道・トンネル・橋梁など)、水処理など多様であるが、BOT方式のほかにも、プロジェクトによっては、最終的に現地政府へ施設の移転を行わずにそのまま所有するBOO(Build-Own-Operate)、建設した施設を現地政府にリースし、最終的に移転するBLT(Build-Lease-Transfer)、古い施設を再利用するROT(Rehabilitate-Operate-Transfer) などの似たような方式も利用されており、対象事業や対象国によって形態は変化するから決まった形があるわけではない。
ここで、BOT方式を利用した民活インフラの仕組を、ラオスで計画進行中の同国最大規模の水力発電プロジェクトを例にとり説明してみる。先にも述べたように、電力BOTは民活インフラ整備の中でも一番多く活用されている。世銀のPPI プロジェクト・データーベース(Private Provision of Infrastructure: PPI) (注7) によると、1984年から1997年の間にアジアでファイナンス組成が完了した電力関連のBOTプロジェクトだけでも、100件以上を数えるという (世銀が直接関与していないプロジェクトも含む)。
ナム・トゥン第2水力発電計画 (以下、NT2という) は、メコン河の支流であるナム・トゥン川に建設予定の高さ50メートル、約681MWの発電規模のロックフィルダムである。発電された電力はすべてタイに売電される予定であり、ラオスに外貨をもたらすことが目的で計画された。(注8) このNT2プロジェクトでは、オーストラリアのトランス・フィールド社がプロジェクトの中心的出資者となって、実際に事業を実施するプロジェクト・カンパニーである「ナム・トゥン電力連合」(Nam Theun Electricity Consortium: NTEC) を設立した。これには、フランス電力公社とイタリアン-タイ開発社などタイの企業数社、ラオス政府が共同出資している。このNTECがプロジェクトの計画、建設、操業・維持を担うとともに、出資ならびにプロジェクトの資産とプロジェクトから上がってくる収入を担保としたプロジェクト・ファイナンスの確保を行うことになっている。アジア諸国にはまだインフラ整備のための資本、ノウハウを持った企業が少なく、このプロジェクトのように、プロジェクトの中核企業は、欧米、日本、香港などの企業が務めることが多い。同プロジェクトの総費用コストは約15億ドルと見積もられているが、これはラオスの1994年の国民総生産 (GNP) とほぼ同額にあたる規模である。
BOT方式の民活インフラは、出資者にとっては、いくつかの事業会社が参加するため、一民間企業ではリスクが大きすぎる大規模インフラ・プロジェクトに民間企業として参入を可能にする手段として位置づけられている。ちなみにNT2では、計5社とラオス政府が出資者として参加している。プロジェクトの総費用の内、30%はNTECの資本金、残りの70%が民間銀行からの融資で賄われる予定であり、後者のプロジェクト・ファイナンスによる借入金については、欧州の商業銀行などからの融資が期待されている。しかし、これらのプロジェクト・ファイナンスを集めるに当たっては、世銀が保証を提供するか否かが重要なポイントとなっており、NTECにとっては、この事業の推進は、世銀の保証支援を確保し、いかに投資家を説得できるかにかかっている(世銀の保証については後述)。(注9) しかし、これは言い替えれば、環境および社会的悪影響を与えるリスクが非常に大きく、そのリスクをコストに内部化すれば採算性があるかどうか微妙なプロジェクトも、公的機関の保証が介在することによって投資可能になってしまうかもしれない、とも言えるので、慎重になるべき問題である。
次に、BOT方式と既存の公的資金によるインフラ・プロジェクトとの相違点を整理してみる。
まず第一に、BOT方式が既存のインフラ・プロジェクトと大きく異なる点は、そのプロジェクトのオーナーシップ (所有権) にある。BOT方式による民活インフラ・プロジェクトでは、民間業者が資本参加することにより、当該プロジェクトの所有権が、契約に定められた事業運営期間中は民間業者にある。つまり、NT2の場合は、NTECがダムの所有権を25年間有することになる (運営期間は各プロジェクトの契約により異なるが、大体15年から30年程度である)。この契約期間中、NTECがダムの監理と発電事業の運営をし、タイ電力公社 (EGAT) に売電した利益で投資の回収を図るのである。よって、プロジェクトのリスクは民間業者が商業ベースで負うと見なされる。そして、この25年の契約期間終了後、プロジェクトの所有権は、民間事業主であるNTECからラオス政府へと移転されて(もしくはBOO方式の場合は、運営期間後に施設を撤去して全く元の状態に戻すことが義務づけられている) 一つのプロジェクト契約が終了となる。
第二の相違点は、BOT方式のプロジェクトの場合、競争市場原理導入による経営の合理化とそれに伴う高収益が期待できるという点にある。一般的に、政府主導型の従来インフラ・プロジェクトの失敗は、その業務の非効率性や過剰人員での運営を含めた不十分な維持管理によるところが大きいと言われている (林 1996)。このような問題点が、民間企業による運営であれば合理化が図られ、効率良くインフラ整備が進むと考えられている。ところが一方、民間企業プロジェクトである限り、プロジェクトの投資収益率が十分に利益を見込めるものでないと企業は投資しない。よって、発電された電力買い取り保証や海外送金の為の為替レートを固定するなど、途上国政府が様々な形式で民活インフラのコストやリスクを保証するといった例が見られる。その結果、経済状況の変化によって追加的な財政支出が免れなくなり、結果的には公共セクターで整備した場合よりも民活インフラが高くなり、最終的には対象国のエンドユーザーである生活者や企業が支払う利用料金が多少高くなる傾向にあることが報告されている (庄司・山岸 1997)。
上記のような場合でも、慢性的な電力不足に悩んでいる、あるいは需要が逼迫している国では、電力BOTの場合等は、安定・早期供給によるメリットの方が大きいと判断されるかもしれない。しかし、民活によるインフラ整備によって提供されるサービスの価格が急激に上昇すると、対象国の住民の生活や生産活動に大きな影響が生じるであろう。あまりにも急激に電力料金、水道料金等の公共料金が値上がりした場合、一番打撃を受けるのは、プロジェクトの推進者である民間企業ではなく、途上国の大多数を占める貧困層である。つまり、民活方式は、政府が公共事業として、もしくは対外援助事業としてインフラ整備を進める以上に、途上国においては、社会的影響を及ぼす可能性が高いことは認識すべきである。
また、理論的には、民活インフラから供給されるサービスの価格引き上げは、従来の途上国の低価格供給のもとで生じていた過剰消費を減少させ、環境対策費用や維持管理費用の確保を容易にするので、設備の消耗を減らし、追加的なインフラ整備の必要性を低下させるとする説もある(森 1998)。新たなインフラ施設を整備することで起こりうる環境・社会的悪影響を回避することで、環境保全に貢献しうるというのである。しかし、この説を裏付けるような事例は報告されていないので、民活インフラが即ち環境保全に貢献しうるとは言い難い。
3. 世銀による民活インフラ支援
上記のようなBOT方式を採用した民活インフラが盛んになるにつれて、一見、世界銀行 (以下、世銀) などの多国間開発金融機関が、長年得意分野としてきた公的援助資金によるインフラ整備の必要性があたかも減少してきているような錯覚を受ける。世銀の1996年度の貸付承認額215億1700万ドル (世界銀行年次報告1997) は、同年の途上国に流れ込んだ民間資金の全体額2440億ドル (Brown et al. 1998) に比べればわずか十分の一にすぎない。しかしながら実際には、世銀 (IBRD) やアジア開発銀行 (ADB) などの多国間開発金融機関こそが民活インフラを途上国に推進する原動力となっているのである。1997年度の世界銀行年次報告書によれば、世界中でインフラ整備には、向こう10年間に2000〜2500億ドルが必要と試算されているが、このレベルまでインフラプロジェクトに投資する資本は、世銀自身が持ち合わせていない。そこでBOT方式は、世銀にとっても、少ない資金でインフラプロジェクトを推進出来る新しい方法として注目されだした。実際、近年世銀は「民間投資フローの媒介となり、政府を支援して、インフラ事業に必要な民間投資を奨励する環境整備を支援すること」(注10)を、その活動の主目的の一つとして掲げて、世銀自身の活動方向を修正しようと試みてきた。つまり、統計上の数値では現われないが、世銀は以前にも増して途上国のインフラ整備の推進役として多大な影響を与える役割を果たしているのである。
この世銀の戦略の転換は、年次報告等世銀の報告書からも見て取れる。1996年の報告書で「インフラストラクチュア事業への民間セクターの参入 (Private Participation in Infrastructure: PPI) が、世界的ブームになっている。現在、途上国では2,200件余りのPPIプロジェクトが準備されており、例えば、アルバニアとコロンビアのように国情の全く異なる国でも同様の傾向がみられる。世界銀行の貸付・保証プログラムは、こうした世界的な流れを支援している」と述べているように、途上国の大規模インフラ整備プロジェクトにおける海外民間投資の活用は世銀の主要な政策の一部として重要視されているのである(世界銀行 1996: 61p)。世銀は、開発プロジェクトへ直接資金を提供するというこれまでの役目から、国際資本市場で調達される民間資金を動員して、途上国において民間セクター主導型の経済成長を促すための推進者としての役割に徐々に移行しているのである。
しかしながら、このような役割の変化は、必ずしも歓迎すべき傾向とは言い難い。全てのインフラ整備が無駄であるというのではない。しかし、途上国への民間資金の流入が進めば、経済発展が加速度を増し、貧困層などの社会的弱者を含めた社会全体が豊かになるというのも、また幻想にすぎない。
一般的に90年代の特徴として、途上国への民間資金の流れには次の2つの傾向が見られる。第一に、民間資金のほとんどは、1997年の経済危機以前は 「新興市場」("Emarging market" ) と呼ばれた12ケ国に集中しており、その資金の流れは偏ったものである。第二に、途上国へ流れる民間資金に占める、不安定で投機的な短期のポートフォリオ投資資金 (ヘッジファンド) の影響である。特にこれらの短期資本は途上国の製造業部門ならびにサービス業への投資等、長期的な投資が主な目的である海外直接投資 (Foreign Direct Investment: FDI) とは分けて考えなければならない。なぜなら、これらの資本は途上国の金融市場の規制緩和にともない流入した投機的な資本であり、短期的な利益を求めて世界中を駆け巡っている非常に不安定な資本であるからである。この資本が、途上国の実体経済の成長と国民の福祉に貢献するものではなかったことは、図らずもアジア経済危機で社会的弱者が真っ先にその弊害を受けたことを見ても明らかである。1997年にタイの通貨危機から始まった一連のアジア経済・金融危機は、この短期のポートフォリオ投資資金が、投機ブームの終わりと共にタイから海外に逃避したことが元凶と考えられている。このような二つの特徴を見ても、途上国への民間資金の流入が進めば自動的に社会は豊かになり、貧困撲滅、環境保護、持続可能な発展につながるとは限らない上、必ずしも常に好ましい結果を生むとは限らない。
よって、もし、世銀のような援助機関が公的な援助資金を民間投資を奨励するために使うのならば、社会的弱者の利益と環境が最大限に保護され、国民が自分達にとって一番望ましい選択肢は何かを話し合った上で決められ、なおかつ透明性を確保できるような明確な投資基準とメカニズムが、民間資金を活用したインフラ整備の分野でも確立されるべきである。
以下、世銀グループによる民活インフラ整備支援、特に保証スキームを中心にした世銀の民活インフラへの関わり方の概要を説明すると共に、民活インフラ整備支援の問題点を検証していく。
世銀グループによる民活インフラ支援全般
具体的な民活インフラ事業支援の形態としては、途上国政府に対して、海外民活インフラ投資を呼び込めるような投資環境整備についての政策改善アドバイスや技術アドバイスサービス(民営化に対する援助など)、投資リスク保証業務、金融セクター強化を目的とした融資などを含む様々なサービスを、世銀グループ全体、つまり具体的には、世界銀行 (IBRD)、国際開発協会 (IDA)、国際金融公社 (IFC)、多数国間投資保証機関 (MIGA) で提供している。
まず第一に、民活インフラの促進に重要な役割を担っているのが、国際金融公社 (IFC) である。世銀グループの一員であるIFC は、途上国にとって最大で単独の直接投資資金源である。IFCは、開発途上国における民間企業の成長を助長することにより、経済開発を促進することを目的として、収益性は見込まれるが、妥当な条件での資金の調達が難しい企業を対象に資金供与を行っている。民活インフラに限って述べれば、IFCは1966年から1996年6月までの間に、40ケ国で合計148件の民活インフラ・プロジェクト (総費用286億4800万ドル規模) の融資に携わってきており、BOTの分野で、既に大きな影響力を持っていると言える (IFC 1996)。単独では資金を賄い切れないような大規模プロジェクトやリスクの高い事業に対して、IFCは自らイニシアチブをとり、商業銀行の参加を募ってシンジケート・ローンを組成する。このうち、商業銀行調達分 (Bローン) について参加した商業銀行は、自己の調達分についてはリスク負担しなければならないが、IFCと同等の待遇を享受することが出来るというものである。IFCの関与はリスクの高い事業に対して一定の妥当性を与えるため、途上国のプロジェクトに海外の資本を集めることができるのである (図1「IFCによるBOT支援スキーム」参照)。つまり、IFCは、一般的に同一のプロジェクトに関して出資と融資を同時に行い、この出資と融資を合わせて全体のプロジェクトコストの25%を限度として資金を提供している。これはIFCの役割があくまでも民間セクター・プロジェクトの主役ではなく、触媒的なところにあるからである。
また、国際的な投資保証機関としては、世銀グループの一員である多数国間投資保証機関 (MIGA) が存在し、海外民間投資の流れを円滑に推進するため、非商業リスク (具体的には収用リスク、送金リスク、戦争・内乱リスク、契約違反リスク等) に対しての保証サービスを提供している。MIGAの保証は、出資金と債務投資に対する両方に保証を適用することが出来る。MIGAは、1998年度に、過去最高の総額8億3,080万ドルの保証を引き受けた。これにより、26加盟国に対する約61億ドルの外国投資が促進されたという(世界銀行 1998)。
世銀による保証スキームの概要
しかしながら、民活インフラ・プロジェクト推進において一番期待されているのが、IBRDによる保証スキームの活用である。多くの途上国で、プロジェクトへの民間資本の誘致に対する関心が高まっている。しかし、これは裏を返せば途上国におけるBOTプロジェクトは、民間企業がすべてのリスクを負うプロジェクトとしては成立が難しく、その案件の実現のためには途上国政府の相当な関与と援助機関のサポートがなければ事業が成立し難いと言える。いずれにしても、こうした状況で、世銀による保証は、多くの場合、多額の資金を要し、重大な政治的及び国家的リスクを伴い、かつ長期にわたる融資がプロジェクトの成否にしばしば不可欠である民活インフラ事業への資金供与を活性化させるものとして、期待されているのである。
世銀による保証スキームに対する取り組みが本格化してきたのは、1983年のBローン・プログラム導入以降であった。このプログラムの狙いは、途上国における累積債務問題が深刻化してくるにつれて、協調融資への参加に二の足を踏むようになった先進国の民間金融機関の元利回収の不安を取り除くことにあった。(注11)
Bローン・プログラムをさらに拡大するため、1989年には世銀は「拡大協調融資業務」(Expanded Cofinancing Operation: ECO) プログラムを導入した。このプログラムは、世銀の協調融資への民間資金確保の拡大と世銀保証の柔軟性を高めることを目的としており、これにより、世銀がインフラ関連の民間部門プロジェクトへの資金確保へ貢献する道を開いたのである。その後の1994年9月、世銀は「世界銀行の業務手段としての保証の主流化」(Mainstreaming of Guarantees as an Operational Tool of the World Bank: 14 July 1994) と題する方針を理事会で承認した。これ以降は「ECO保証」という名称は使用されず、世銀の保証スキームとして統一され、現在に至っている。
世銀の保証には、部分的信用保証 (Partial Credit Guarantees) と部分リスク保証 (Partial Risk Guarantees) という2つの種類がある。部分的信用保証とは、対象となる債務の一部の金額を保証するもので、主として公共セクター・プロジェクトのための政府及び政府機関借入の際に用いる。例えば、プロジェクト後期段階 (つまり、プロジェクトの運転と保守: O&M) における元利返済部分を保証することにより、信用力の弱い途上国政府が、インフラ・プロジェクトに必要な長期資金を借り入れることを可能にする。
一方、部分リスク保証とは、リスクの一部分を保証するもので、対象となるリスクとは政府による契約義務の不履行、または、受入国の政治的要因により発生する特定のリスクである。この場合の債務不履行とは、単純な融資の返済だけに限らない、契約内容の不履行を含む広義の債務不履行である。例えば、現行の法制度の下でBOT契約が締結されたとしても、突然その法制度が変更されてしまったりすることが途上国では起こりうる。また、化石燃料を利用した火力発電のBOTプロジェクトにおいて、燃料供給者が政府機関である場合、その供給が滞ってしまう可能性が全くないとは言えず、様々なリスクが予想される。こういったリスクが起こった結果、当該債務に債務不履行が起きた際にのみ保証が実行されることになる。通常、民間セクター・プロジェクトに適用され、商業リスクのすべて、あるいは主要部分のリスクは、プロジェクトの民間投融資者及び他のパートナー機関が負う (月刊世界銀行ニュース 95/7月号)。
IBRDとMIGAの保証の大きな違いは、MIGAが自己資本 (ローンによる融資も含む) に対する保証を提供しているのに対して、IBRDの保証は債務不履行に対する債権保証であることである。さらに、一般的にMIGAは保証期間が数ヵ月というもので、「カウンター保証」が義務づけられているIBRDと異なりカウンター保証は要求されない。(注12) また、MIGAの保証の1件当たりの保証限度額は5000万ドル、1国当たりの保証限度総額は1億5000万ドルであり、NT2のような大規模プロジェクトは対象外である。これに対してIBRDの保証は、保証の適用範囲が広くより多くの資金をもたらすことが目的で導入されたものである点が異なる。
一方、IBRDとIFCの相違点に関していうと、IFCは直接シンジケート・ローン参加銀行にリスク保証するというのではない上、プロジェクト当該国の政府に対してもカウンター保証は要求しない点が、直接債権者にリスク保証をし、政府のカウンター保証が必要なIBRDの保証とは異なる。
また、これまで一般的に、国際開発協会 (IDA) 適格国 (つまりIBRDの貸付条件に適さない最貧国) のプロジェクトに対しては、リスクが大きすぎるとして世銀のリスク保証は行われていなかった。しかし、1997年5月の世銀理事会で エンクレーブ (enclave) プロジェクトに関してIDA適格国への世銀 (IBRD) の保証を認める決定が下され、その最初の事業候補として、ラオスのナム・トゥン第2水力発電 (NT2) 計画が挙がっている。また、IDA適格国へのIDA保証も承認された。
エンクレーブ・プロジェクトとは、海外民間投資を活用した、外貨獲得が見込まれる輸出振興プロジェクトである。獲得された外貨はプロジェクト対象国外の「enclave」(もともとは飛び地の意味) 口座に収められ、1.海外の債権者 (民間商業銀行) →2.世銀 →3.プロジェクト出資者 (途上国政府含む) の順で優先的に利益が配当される。つまり、こういったプロジェクトに適用されるエンクレーブ保証とは、ある一定期間の途上国政府の債務不履行に対するリスクの保証で、そのプロジェクトの収益は国外の口座に振り込まれ、上記の順で債権者から出資者まで利益が分配されるという形式で、海外の商業銀行などの投資家に対しその債権の保証をするというものである。このようなエンクレーブ・プロジェクトのメリットとしては、始めから収益が外貨で見込まれるので、外貨での借り入れ返済、配当に関するリスクが軽減される点にある。エンクレーブ保証の仕組みを図で表わしたのが、図3「エンクレーブ保証の仕組み」である。
一方、IDA適格国を対象としたIDA保証とは、マクロ政策改革推進を明確に進めている国において、その移行を支援するために、IDAが、カントリーリスクに対しての部分リスク保証を、民間貸付機関に提供するというものである。IDA保証は、現在は3億ドルのパイロット・プログラムにおいてのみ提供され、世銀 (IBRD) のエンクレーブ保証が利用できない民活インフラ・プロジェクトにも適用される。
4. 保証スキーム活用による民活インフラ整備のメリットとは?
世銀が行っている保証スキームとは、海外投資に伴うリスクを軽減して、民間企業が安心して途上国のプロジェクトに投資できるようにするための保険と見なすことが出来る。その上、途上国政府にとっても少ない資金で国内外の民間資金を導入して大規模なインフラ整備ができるとして、世銀は積極的に保証スキームの活用を推進している。また、保証スキームは柔軟な運用が可能なため、出資者はプロジェクトの実行に最適な資金計画を選択し、債務に関して保証の供与を受けられる。例えば、通貨及び市場 (銀行融資か債権発行)、金利 (固定金利か変動金利) など、プロジェクトのニーズに合わせた借り入れの選択が可能になるのである。また、世銀による保証で一般商業融資の際の返済期間より長期に渡る返済が可能になり、プロジェクトの巨大な初期投資における資金調達コストを低く抑えることができる。そのメリットを、インフラから提供されるサービスの価格の引き下げという形で還元できる場合も有り得る。
また、この保証スキームに対する企業側の期待も大きいものがあると見える。1998年11月に東京で行われた世銀のシンポジウムの場で、世銀のウォルフェンソン総裁を前にして、三菱商事の取締役会長牧原氏は、世銀への注文として、投融資に対する保証スキームの改善 (全面的に民間主導で行われているプロジェクトにどう保証を付けるか)、MIGAの強化、IFCの協調融資の増加、新規ではない既存プロジェクトのリストラ関係に対してのIFC、MIGAの参入などを挙げており、経済危機以降のアジア経済の回復のためにもアジア市場と民間資金をつなぐ役割として、例えば、途上国政府と投資家、民間デベロッパーとの間のニーズの調整を図り、民活インフラ事業を呼び込みやすい環境を整備する媒介役としての、世銀に対する期待は大きいようである。(注13)
このように、通常の市場メカニズムでカバー出来ないリスクを保証することによって、途上国の政府は、市場原理に従えばリスクが高すぎて実現不可能とみなされるような途上国のプロジェクトに融資の可能性を開くことが出来る一方、企業はリスクの大きい市場に参入する活路を開ける。つまり、世銀が保証人となることによって、他の公的機関である輸出金融機関等や投資家に信頼感を与え、資金調達の「呼び水効果」 (庄司・山岸 1997:198p) を発揮することが、期待されているのである。
5. 誰が最終的にリスクを負うのか?
これまで、世銀グループによる民活インフラ整備支援がどのように行われているのかを説明してきたが、一つ言えることは、民活インフラは途上国国民にとって奇蹟のプロジェクトでも何でもなく、民活インフラを成功させるためには、途上国政府自身のコミットメントと、世銀など公的援助機関の後押しがなければ成功しえない案件が非常に多いということである。民活インフラにおいての政府の関与 (コミットメント) とは、次の2つのパターンに分けられる。一つは、民活インフラ事業関連の法整備やその際に環境等の規制を遵守させる規制主体としての関与、そしてNT2で見られたような、途上国政府自身が出資者として事業主体となって関与するパターンである。この2つは利害が対立する場合が多いので、本来ならば途上国政府は前者として民活インフラに関与すべきだが、現実は後者としての関与が求められているケースが多い。こういった場合、途上国政府自身が事業主体となって民活インフラ整備を進めることに熱心なあまり、環境や社会面での影響は十分に考慮されない可能性がある。つまり、途上国政府は、本来ならば民間企業と交渉し、環境等の規制を遵守させる規制主体としての役割を果たすべきだが、反対に、事業主体として参加している場合は、費用最小化をはかる方向へのインセンティブしか働かないであろう。
民営化成功のモデルケースとされる英国でも、ガスや水道などの公共事業を民営化し、民間企業に運営を任せた後、こういった民間事業に対する政府の規制機関が設立されているものの、しばしば民間業界の圧力に弱く、効果的な規制主体としての役割が果たせていないことが報告されている (Wilks 1997)。まして、人的資源の乏しい途上国政府のほとんどが、民活インフラ整備の特性を十分に把握し、問題点を改善すべく取り組んでいるわけではない。
また、現実には、民活プロジェクトは、一国の国家予算をも凌ぐような大規模プロジェクトを円滑に効率よく進めてゆくだけの管理能力の乏しい最貧国に、大きな負担を強いる構造となっている。例えば、世銀の保証を受けるためには、当該国政府と世銀間の「カウンター保証」が条件に含まれており、これは債務国の政府に大きな負担となる。世銀の報告によると、エンクレーブ・プロジェクトの成功率は半分以下であり、プロジェクトの状況によっては、当初予想した以上の多大な財政支出がありうる可能性も否定できない。実際に保証が適用された場合に救済されるのは民間セクターであり、そのコストは当該国政府、ひいてはその国民が負担しなければならないのである。民活インフラ整備を成功させるために、途上国政府がある程度リスクを負担することは現状では避けられないが、世銀のアドバイスに従って途上国政府が過大なリスク負担をした際、例えばエンクレーブ・プロジェクトで期待するほど外貨を稼げなかった場合、外貨による支払いが滞ってしまうといった中長期的な問題のリスクに関しては世銀は考慮にいれていない。世銀の現行の民活インフラ支援スキームでは、社会の貧困層の利益の保証は全く考慮されていないのである。
よって、次に考慮しなければならないのは、安全性や地域の環境・社会への影響に対する配慮をどう行ってゆくか、という問題である。具体的には、「非自発的移住」や先住民族、環境といった一連の世銀のガイドラインなどを、保証の適応を受けた民活インフラ整備プロジェクトにおいて遵守させることは可能か、といった問題も考慮に入れなくてはならない。インフラ事業は、その規模によって社会・自然環境に多大な影響をおよぼす場合が多い。公的資金による公共事業の実施であれば、当然そういった側面に関しても配慮がされるべきであるが、民活インフラの場合には、コスト増要因となる地域自然・社会環境への配慮は、事業採算性がより重視されるために、十分になされない可能性が高い。よって、保証スキームの適用において、環境影響調査を実行し、環境基準等の水準をクリアすることは、最低限の条件であることは言うまでもない。しかし、民間企業の事業に対する機密性保持や素早い計画承認に対する要求と、地元NGOもしくは直接プロジェクトの影響を受ける住民の、十分なコンサルテーションの必要性に対する要求は、依然として相容れない場合が多い。
一方、新しく1998年8月より世銀の<持続可能な環境・社会開発ネットワーク>担当副総裁に就任したジョンソン氏は、世銀貸付案件に対して上記の一連の10のガイドラインが遵守されているかどうかをチェックする監査ユニットを設立することを提唱している。この監査の対象になる案件はIBRDやMIGAの保証を受けた案件も含まれるという。(注14) しかし、民活インフラプロジェクトの譲渡契約締結後も、どれだけ事業者に十分な対策を行わせる強いインセンティブを設けることができるかは疑問である。また、民活インフラ整備プロジェクトの事業主体として参加するケースが多い途上国政府に、環境・社会的配慮を監視する規制主体としての役割が果たせるかどうかも疑問が残る。保証スキーム適用の際、世銀の一連のガイドラインを民間企業に遵守させ、監視するメカニズムが確立していない現状で、透明性や説明責任を多国籍企業に求めてゆくのは、世銀に対して自身の政策の遵守を求める以上に困難であろう。そのため、せっかく長年かけて確立してきたこれらのガイドラインも、民間セクター・プロジェクトにおいては形骸化してしまう恐れがある。
最後に指摘したい点は、社会資本整備の「公共性」の問題である。つまり、本来ならば政府が行うべき公益性を求められる事業を民間企業に委ねることから生じる問題である。民間企業は収益の追求を第一の目的としているので、収益性の高い事業に流れる傾向がある。現実に、民間の追求する事業採算性と、公共部門の求める公益性や公平性は相反する場合が多々あるので、そういった民間企業に全面的に委ねて、体系的なインフラ整備はほぼ不可能ではないだろうか。例えば、カリフォルニア州の有料道路民営化において、公共部門が今後数年分の整備計画を公表し、その中でどの路線の事業を行いたいか立候補させたところ、実際に事業者が希望した路線は、カリフォルニア州の道路整備計画の中ではかなり低い優先順位のものであったという例が報告されている (庄司・山岸 1997)。つまり、民間に任せてしまった場合、国全体の開発計画との整合性が必ずしも採られず、地域的、セクター的な偏りが生じ、国内の経済格差が拡大する恐れがある。このような事態を避けるためには、途上国政府が民活インフラに適した事業を見極め、全体の開発計画の中でそれが戦略的に位置づけられるよう考慮しなくてはならない (庄司・山岸 1997)。民活インフラ・プロジェクトは、あくまでも補足的なものであって、その利益が誇張されることのないよう、限界やマイナスの影響に関しても正しい認識を持つことが必要である。
6. まとめ
民活インフラを理解する鍵はリスクにある。BOTプロジェクトは、「いかにリスクを分散させるか」という点にビジネスチャンスが見い出され、発展してきたシステムであると言える。この複雑に絡み合った利害関係者間でいかにリスクを分散させ、各種のリスクをヘッジさせる (リスクに対して防衛措置をとる) かが関係者の腕の見せ所といえる。しかし一方で、そこには外部経済として企業のコストには換算されていなかった社会的・環境的費用の内部化、もしくは多国籍企業の社会的責任といった考え方が考慮される余地は、残念ながら見受けられない。また、民活インフラ開発がもたらす「開発」とは、新自由主義的な市場経済理論に基づいており、そこには富の分配や社会的公正といった要素は含まれていない。
この民間セクター支援の世界的な流れに対しては、これが本当に世銀が掲げる貧困撲滅という目的に叶う政策であるのか疑問を持たざるをえない。現行の世銀の保証システムは、途上国の民活インフラ整備事業支援という名目で、結果として途上国の貧困削減に貢献しているというよりは、むしろ、先進国の企業が新規市場を開拓するための企業投資保険として機能している構造になっているのではなかろうか。実際にリスクを負うのは誰なのかという問題を突き詰めてゆくと、このような民活インフラ・プロジェクトで生活環境や生計手段を奪われた現地住民のリスクは誰が負担してくれるのか、もしくは誰が負担すべきなのだろうか。世銀グループは一体誰のリスクを守るべきなのか。こういった問題も考慮に入れて、現在の公的援助資金による民活インフラ整備支援を再検討する必要がある。
一方、昨年のアジア金融危機が、アジア民活インフラ・プロジェクトにかなりの影響を及ぼし、1998年にはプロジェクト・ファイナンスが著しく失速したのも事実である。アジア開発銀行によれば、1995年以降、途上国で計画された258案件の民活インフラ・プロジェクトのうち、約半数がキャンセルまたは延期の状態にあるという (神 1997)。現在延期中のプロジェクトの中には、社会的・環境的影響が非常に大きく、プロジェクトの計画そのものに疑問を持たざるを得ないプロジェクトや、資金的なめどがつかず、延期されているプロジェクトも多々ある。(注15) IBRDの保証案件も1998年に未実行の案件が30件あまり存在していた(世界銀行 1998)。
世界的に民活インフラ事業は拡大している方向にあるが、この現在のアジアの厳しい経済状況によって、民活インフラ・プロジェクトの新たな見直しが始まっている点を鑑みると、これまでのように民活インフラの利点ばかりが誇張されていた傾向は既に過ぎているように見える。途上国政府が全くリスクを負うことなく事業を進めることは不可能であり、そのリスクも本当に途上国政府、ひいてはその国民が負うべきものであるかは、個々のケースによって事情は異なる。とはいえ、実際にインフラによるサービスを利用する立場にある市民や、プロジェクトにより直接的損害を負わなければならない住民を含めて、様々な利害関係者による公平な参加の元に、慎重に検討する必要がある問題だということを認識すべき時期に来ているのではなかろうか。
脚注
注1. ただし、この民間資金のほとんどが経済成長が見込まれる成長過程にある「新興市場」12ケ国(中国、インド、インドネシア、ブラジル、メキシコ、フィリピン、タイ、アルゼンチン、ベネズエラ、チリ、トルコ、マレーシア)に集中している。これらの国々への集中は、各国の投資環境の整備が進んでいることが大きな理由のひとつと考えられている(庄司・山岸 1997)。
注2. 詳細は、「月刊アジア」1997年11月号の『アジアを築く:3兆ドル市場に挑むインフラ』10-18P参照。
注3. 関西電力がフィリピンのアジア最大の多目的ダム発電事業に参入している。詳細は、1998年4月22日付日本経済新聞夕刊『関電、海外で発電事業』、1997年10月14日付日本経済新聞『比最大の水力発電所:丸紅が建設・運営』参照。
注4. 詳細は、Vietnam Investment Review (25-31 May, 1998) "Electricity shut off as drought pushes nation into power crisis" と Vietnam Investment Review (9-15 February, 1998)"Power surge pledge raises eyebrows" を参照。
注5. 「月刊アジア」1997年11月号12P参照。
注6. 資本金に関しては、民間の事業主体は原則として出資金額限定責任のもとで出資を行い、仮にプロジェクトが失敗して、借り手である事業主体の返済能力が無くなった場合でも、その事業主体(個人であれ法人であれ)には出資金額以上に借入金の返済義務を遡及しないことをノンリコースという。
注7. 世銀の民間セクター開発局の"The PPI Project Database"とは、途上国における民活インフラ・プロジェクトをデータベース化したもので、1984年から1997年間の電力、上下水道、交通、通信、天然ガスの伝送と配給の分野における民活プロジェクトを網羅している。詳細は、世銀ワシントン本部の Ms. Nina N. Salehi, Database Coordinator, Private Participation in Infrastructure Group, Private Sector Development Department (電話番号:1-202-473-7157、FAX番号:1-202-522-3481)へ問い合わせを(1998年12月現在)。
注8. NT2に限らず、メコン地域のダム開発の問題点に関しては、JACSESブリーフィング・ペーパー・シリーズ第10号「メコン流域の『開発と環境』」に詳しく論じているので参照。
注9. 現在、タイのEGATとの電力購入契約交渉がまだ締結されておらず、世銀がこのプロジェクトに対して保証を提供するかどうかも保留になっており、プロジェクトは大幅に遅れている状態にある。また、このダムが建設されると447平方キロ(約4万5,000ha)に及ぶラオス最大のナカイ高原の生物多様性保護地域がダムの貯水池の下に沈むことになり、約950世帯(約5,000人)の住民移転が必要になることから、このプロジェクトの環境的・社会的影響についても懸念の声が上がっている。
注10. 1997年9月世界銀行対外関係局により発表された『インフラ事業への民間セクターの参加』(プレス・バックグラウンダー)より。
注11. Bローン・プログラムとは、世銀貸付が行われているプロジェクトの民間金融機関の融資部分(Bローン)について、世銀が、民間金融機関のシンジケート・ローンの一部に「貸付」、ないしシンジケート・ローンの後半返済部分について、万が一の場合は返済を肩代りするという「保証」の形で参加するというものである。これにより、民間金融機関のみの資金調達に比べ、より長期の貸付が行われることが可能となったのである。
注12. 世銀の保証を受けるための条件となっている保証を「カウンター保証」という。世銀の保証を受けるためには、当該国政府と世銀間のカウンター保証が条件に含まれており、万が一保険の適用があった場合、世銀が民間セクターに支払った金額と罰金を含めて、当該国政府はその金額を世銀に支払う義務がある。
注13. 1998年11月11日世銀主催で東京でおこなわれた「日本-世界銀行 東アジア経済再生のためのパートナーシップ」シンポジウムでの同氏のスピーチより。
注14. 1998年9月4日世界銀行東京事務所にて行われたNGO・世銀東京事務所懇談会での同副総裁のスピーチより。
注15. 例えば、インドネシアのパイトン火力発電プロジェクト(総コスト25億ドル)は、日米の輸出入銀行が協調融資しているBOO方式の案件であるが、現在資金難のために、建設工事が中断されている。また、フィリピンのサンロケ水力発電/多目的ダムプロジェクト(総事業費約10.5億ドル)は、丸紅が中心になっているBOOT方式プロジェクトだが、住民による反対、不完全な環境影響調査などにもかかわらず98年11月に輸銀が融資を決定したということで問題になっている。
参考文献
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World Bank, The World Bank Guarantee: Catalyst for Private Capital Flows, Washington, D.C. : World Bank, 1995.
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