第三回世界水フォーラム
−水の民営化を巡る市民の視点−
佐久間智子
「環境・持続社会」研究センター(JACSES)
水の民営化の現状
世界銀行は1993年より、新規融資や債務削減の条件として、それまで自治体が担ってきた水の管理や供給を民営化するよう求めてきた。欧州復興開発銀行やアジア開発銀行(ADB)など、地域開発銀行も同様の政策を採用しており、ADBは特にアジア地域の水の民営化に深く関与している。途上国地域で民営化された水事業の大多数は、先進国のほんの数社のグローバル水企業によって運営されており、世界市場の寡占化は加速している。
世界水フォーラム(WWF)は、これらグローバル水企業が中心となって1996年組織された民間シンクタンク、世界水会議(WWC)が提唱し、世銀などの国際金融機関の協力を得て開催している会議であり、正式な政府間の枠組みではない。WWFは、官民パートナーシップ(PPP)による、「より効率的な」水の管理・供給の実現を最も重要な課題に挙げ、水の民営化を推進している。
しかし90年代に10倍の規模に膨れ上がった企業による水管理・供給事業は、世界各地でさまざまな問題を引き起こしている。マレーシアやボリビアなど、世界の多くの国で民営化に反対する住民運動が、グローバル水企業を撤退に追い込んでいる。今年1月には、米アトランタ市で、水質や効率の悪化を理由にスエズ社が撤退を余儀なくされた(*1)。
一方、通過危機に見舞われたフィリピン・マニラやアルゼンチン・ブエノスアイレスのケースのように、グローバル水企業が、20〜30年にわたる長期契約を中途で破棄し、「儲からなくなった」事業から、撤退してしまうケースも出てきた。グローバル水企業は、為替リスクや公的債務など、投資に伴うリスクを国や融資機関が肩代わりするという特別の優遇策がなければ、不安定な途上国市場には参入できないと公言し始めている。水の民営化を巡る状況は大きく動いており、認識は大きく変化しつつある。だが、第三回WWFのサマリー報告書(案)を見る限り、民営化推進というWWFの基本姿勢は改められていない。今回のWWFを経て、民営化推進の「世界水ビジョン」が「世界水行動計画」に具体化されること、また、WWFに並行して開かれる「閣僚級国際会議」が、WWFの方針にお墨付き(正当性)を与えてしまう結果となることを、世界の市民・NGOは懸念している。
民営化の問題点
企業は「営利」を目的とする存在である。水事業に限らず、あらゆる公共サービスの民営化を議論する際には、営利目的であるがゆえに生じてくる問題が予見されねばならない。水事業の民営化の問題を例示すると;
1.水資源保全が主要な目的とされない。
2.利潤が期待できる市場にのみ参入し(*2)、貧困者への水サービスの提供は主要な課題とされない(*3)。
3.民営化されると一般的に料金は値上げされ、料金を払えない世帯への水供給がストップする場合も多い(*4)。
4.雇用も大幅に削られるケースが多いが、水栓数あたりの職員数は自治体水道から民営水道になっても実はあまり減っていない(*5)。
5.公共目的に再投資されるべき水事業からの収益が、企業内部で別部門に再投資されたり、株主に配当されてしまう。
6.4の問題を顕在化させないために、水企業の多くが詳細な財務報告を公開しておらず、自治体との契約内容さえ公開しないケースもある(*6)。
7.民営化のプロセスは数多くの汚職を発生させている。
さらに、企業であれば当然自らが引き受けるべき「投資リスク」は、さまざまな形で水道利用者や自治体、国、そして国際金融機関などに転嫁されている。
8.国際金融機関に民営化のインセンティブとして既存の債務を大幅に削減させたり、多国間投資保証機関(MIGA)、に投資を保証させている。各国政府に利潤を保証させるケースもある(*7)。
9.為替リスクを回避するために、政府に料金のドルペッグ制を導入させるケースもある(*8)。
10.その他、建設費や運営費に対して補助金や税制優遇を受けていたり、解雇費用まで世銀が拠出していたりするケースもあるという。
11.予定通り収益が上がらねば撤退し、投資コストと見込み利潤を取り戻すために国際法廷を使って政府を訴えるケースもある(*9)。
それでも企業に任せるべきか?
水の分野で民間企業の参入が歓迎された最大の理由は、上下水道の整備や修復などに必要とされる巨額の資金を拠出できるから、というものだった。しかし現実には、その逆のことが起きている。グローバル水企業は、政府や国際金融機関からさまざまな形で資金を拠出させているのである。さらに、これら企業や世銀が主張する「民営化の成功」とは、「フルコスト・リカバリー」を通じて、貧困層や自給的農業・漁業から水を取り上げ、工業や都市富裕層など料金を払える層に水の供給を集中させることにほかならない。実際のところ世銀は、対外債務を抱えた途上国政府が、民営化による売却益や社会サービス支出の削減によって債務を返済すべきとの方針に沿って、民営化を通じてグローバル企業が採算の合う(利益の出る)公共セクターにだけ進出し、採算の合わない社会サービスはNGOが(不十分ながら)引き受けている現状を追認している(*10)。
一方で、水の民営化に警告を発している人々は、これまでの自治体サービスで十分であると主張しているわけでない。ただ、現状を改善する手段として、同じ民営化でも、水という公共サービスの分野では、福祉法人や医療法人などの例にならい、非営利の法人だけが参入できるようにするという選択肢もあるということは忘れてはならない。さらに、水資源の保全や内部補助金を通じた貧困層への水の提供がもっとも効率的に行われるためには、意思決定から運営、監視にいたる全てのプロセスに住民が主体的に関われるシステムが必要不可欠である。そして、特に即効性の高い方法として、WWFに集まる各国政府や世銀などの国際金融機関が早急に実施すべきことは、現在グローバル水企業に注ぎ込まれている公的資金や公的保証を、債務キャンセルや、その他の形で、地域住民主体の水管理・供給事業に振り向けることである。
(*1)David Hall, "Water multinationals in retreat- Suez
withdraws investment", Jan. 2003
(*2)「上下水道セクターの民営化動向」北野尚宏・有賀賢一、開発金融研究所報2000年7月 第3号 P67〜68参照。
(*3)この傾向を、クリームスキミング(上澄みのおいしいクリームだけをすくって食べてしまうという意)と表現する。貧困層へのインフラ整備や水供給を富裕層からの料金で賄う、いわゆる「内部補助金」は民営化後に維持が困難である。アルゼンチンのケースでは、企業への不信感から内部補助金は違法だとする訴えが住民から起こされた。
(*4)Jon Jeter, South Africa's Driest Season, Mother Jones
Com. News Nov./Dec. 2002 2年前に水道が民営化されたクワズールーナタル州では、その数週間後、史上最大規模のコレラの大流行が始まった。民営化で貧困地域にも水道が敷設されたが、料金の払えない貧困層は遠くの川の泥水を使用せざるを得なくなったためと解説されている。
(*5)David Hall, Water in Public Hands, Jun. 2001
(*6)David Hall, Water in Public Hands, Jun. 2001 ヴィヴェンディ傘下の下水処理会社とブタペスト市との契約書は市の幹部も閲覧不可で、関連の議会討議は非公開。南アのフォートボーフォート市は、契約主体のスエズ子会社の許可がなくては公人でさえ契約書を見ることができない。モロッコではカサブランカ市の水道事業の民営化は国王とスエズ社との頭越しの約束で決定され、市議会は後にそのことを知らされた。
(*7)ボリビアのコチャバンバ市の水道事業の民営化では、米ベクテル社の子会社による2億ドルの投資に対して18%の利潤を政府が保証した上、世銀は水道事業体が抱えていた債務の大部分をキャンセルした。なお、企業撤退後、再び自治体が水道事業を掌握すると、債務は全額元に戻された。
(*8)アルゼンチンはブエノスアイレスの水事業の民営化に際し、スエズ社にドルベースでの支払いを約束したが、通過危機後の新法でそれを撤回した。
(*9)ボリビア・コチャバンバ市のケースではボリビアと二国間投資協定を結んでいるオランダ経由で国際訴訟を起し、ベクテル子会社はボリビア政府に2.5億ドルの損失補償を求めている。ブエノスアイレスのケースではスエズ社が3億ドルの損失補償を求めて同様の訴訟を起こしている。
(*10)毛利良一 「重債務貧困国むけ債務削減イニシアティブ」『日本福祉大学経済論集21号(2000/08)』
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