今年で設立30周年を迎えたアジア開発銀行(ADB)。総資本が約519億ドル(1995年)、年間投融資が40億ドル(1995年)を超えるこの開発機関の意思決定に大きな影響力を持つドナー国。そのなかでも最大の資金拠出国である日本の役割は大きい。
ADBの実質的な意思決定を行う理事会では、各国の出資額に応じて投票比率が決められる加重投票制が採られているが、日本はADB最大の資金出資国(82億ドル、1995年)として15.6%の投票権を保有している。さらに、理事会の議長でもある歴代総裁はすべて日本人であり、その意味でも日本の行う意思決定が、ADBの援助の方向性や融資プロジェクトの「質」を大きく左右することになる。
果たして日本政府はその立場を担うにふさわしい理念・政策とアカウンタビリティー(公に対する説明義務)を確立しているだろうか。残念ながら答えはいずれも「NO」である。日本政府は、環境への配慮や住民参加、情報公開などを巡りADB内部で機構改革が進められる中、多国間開発銀行の改革の問題、特に環境政策の実施・推進に関して沈黙を通してきている。また、政府がどのようにADBの取り組みに関与し、どのような政策に基づいて資金拠出を行っているのか、日本の市民やNGOにはまったく説明されていないのが実情である。
NGOや一部の国会議員からは、「持続可能」な発展・開発を実現するための明確な目標と民主的な意思決定のプロセスが確立されていないこのような状況下では、ドナーとしての責任を果たすことが困難であるとして、事態を憂慮する声が挙がっている。
多国間開発銀行に関するドナー国の取り組み
「環境・持続社会」研究センター(JACSES)が1995-96年にかけて実施した主要ドナー7ヵ国(アメリカ、カナダ、ドイツ、イギリス、オランダ、デンマーク、日本)のODA政策に関する調査によると、各ドナー国は近年、多国間開発銀行の政策・機構改革に対する関心を高めてきており、いくつかの国ではすでに議会の役割を強化するなど、国内での意思決定の透明性を高めるとともに、政府援助機関による多国間開発銀行に関するモニタリング機能を確立してきた。そのような中で日本のみが、多国間開発銀行の活動に環境的配慮を組み込むために、何ら制度的・組織的取り組みを行っていないことがこの調査で明らかになった。
アメリカは過去10年以上に渡り、多国間開発銀行の活動に環境への配慮を取り入れるよう、ドナー国の中でも特に率先して改革に取り組んできた。その過程で、議会は多国間開発銀行に関する政府の意思決定を管理する様々な法制度を導入してきた。例えば1991年に発効した国際開発融資法の「ペロシ修正条項」(Pelosi
Amendment)は、理事会によるプロジェクトの貸付/融資承認の120日前までに、環境影響評価(EIA)が準備され理事に提出されない場合、そのプロジェクトに対してアメリカの代表理事が承認の票を投じることを禁じている。また、二国間ODAを担当する米国国際開発庁(USAID)は別の法律によって、「早期プロジェクト通知システム」(EPN)と呼ばれるメカニズムを確立し、世界銀行プロジェクトのモニタリングを行っている。このほかにも多国間開発銀行の政策やプロジェクトに対する連邦政府の立場を調整する制度が設けられている。財務省が他の政府機関と定期的に会合を持つ「多国間援助に関するワーキング・グループ」(WGMA)や、多国間開発銀行の政策とプロジェクトについて話し合うために政府とNGOの代表が定期的に会合を持つ「火曜グループ」などがそれである。
カナダでも、カナダ国際開発庁( CIDA)が多国間開発銀行の政策やその実効性をモニタリングするための情報システムを確立している。
また、DAC加盟国のNGOによる報告書「 Reality of Aid 1995」 によれば、オーストラリア、スイス、その他の数カ国は多国間開発銀行の活動の透明性を高めることに特に積極的で、いくつかの特定の事案に関して、世界銀行における自国の代表理事の投票行動に関する情報を公開している。また、国会または議会への報告を義務づけている国もある。(表1参照)
問われる日本政府のアカウンタビリティー
一方、日本の場合、政府内での意思決定プロセスは非常に閉鎖的である。ADBなど多国間開発銀行への拠出に関する日本政府の意思決定は、他の省庁との協議や国会・市民に対する情報公開もないまま、担当官庁である大蔵省の国際金融局開発機関課が単独で行っている。途上国開発の情報を持つ外務省や環境専門家を擁する環境庁などの政府省庁は、多国間開発銀行に関する政策決定に関与しておらず、また現在のところ日本政府内には多国間開発銀行が融資するプロジェクトを監視するためのシステムは存在しない。
また、多国間開発銀行への出資・拠出に関する政府の基本的姿勢や個別の政策/プロジェクトに関し、日本の代表理事がどのような立場をとるべきかについて、その判断基準を明文化したものはなく、ましてアメリカのように法律による規定はない。世界銀行や各地域開発銀行の増資などに関する国会審議も、ほとんどの場合、実質的な議論はないまま、型通りの承認がなされているにすぎない。
大蔵省の人員体制にも疑問の声が上がっている。同省によると、国際金融局開発機関課の中で多国間開発銀行に関する業務を担当する職員は15人程度で、(各多国間開発銀行について2〜3人が担当)この中に多国間開発銀行の活動に関連した環境・開発政策などを専門に分析する職員は配置されていない。(なお、アメリカは、財務省内の多国間開発銀行の業務を担当する職員は18人程度だが、環境および持続可能な開発の問題を扱う専門職員を4人配置し、持続可能な開発に関連する貸付や政策のレビューを行っている。)
さらに日本の場合、多国間開発銀行への拠出や問題プロジェクトに関して、NGOや市民が政府に対して直接助言したり、意見表明などを通じて政策決定プロセスに参加する機会はこれまでほとんど与えられていないのが現実である。
大蔵省に対するNGOからの提言
ADB総会に向けて活動するNGOフォーラムのうち、特に東京を中心とする政策提言型NGOは、日本政府(大蔵省)に対し、少なくとも以下の4点を考慮するよう求めている。
1)多国間開発銀行の活動に関する情報への一般市民によるアクセスを保証し、NGOとの定期的な協議を行うなど、意思決定の過程をより透明にすること。
2)多国間開発銀行の活動に対する自国の立場について、政府省庁間の調整・協力体制を改善すること。
3)多国間開発銀行への拠出に関し、日本政府の基本的な立場(環境、人権への配慮など)を明文化し、一般に公開すること。
4)長期的には多国間開発銀行や二国間ODAに関する法制度の整備・強化(ODA基本法、あるいは多国間開発援助法など)を図ること。
注:BWI=Bretton Woods Institutions : ブレトンウッズ体制
(出典:ACTIONAID, The Reality of Aid 1995 : An independent review
of international aid. (London : Earthscan Publications Ltd.
1995) , pp22-23より一部抜粋。)
◆参考資料:
ACTIONAID,The Reality of Aid 1995 : An Independent Review
of International Aid (London: Earthcan Publications Ltd.1995)
ジョナサン・ホリマン、斎藤友世 『ODAにおける環境配慮と持続可能な開発:地球サミット(1992年)以降の主要援助国7ヵ国における取り組み』(「環境・持続社会」研究センター、1996年)
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