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ADBプレスシートNO.8

ADBと国内公共事業
博多湾人口島計画と和白干潟
人工島によって、得るもの? そして失うものは?


1997年のアジア開発銀行総会時にNGOによって作成されたプレスキットです。




周知のように、日本の政府開発援助(ODA)供与額は1991年度以降、一貫して世界一となってきました。この中には、アジア開発銀行(ADB)を含む多国間開発銀行への出資や拠出も含まれています。一方、国内の開発つまり公共事業に年間費やされる費用は9兆6,184億円(96年度)で、ODAの供与額1兆3,854億円(95年度)を遥かに上回る額です。開発援助を巡っては、プロジェクトの準備段階での住民参加、情報公開、適切な環境影響評価(アセスメント)の実施など、これまでNGOから様々な問題点が提起されてきました。本質的な問題は、誰の為に開発援助が行われるべきなのか、ということです。同様のことが、住民不在のまま利益誘導が目的で行われることの多い国内の公共事業に関しても言えます。つまり、日本の開発手法は、途上国援助の在り方にも投影されているのです。「日本型開発」がODAを通じてそのまま途上国でも行われているとすれば、私達は、ADBを含めた開発援助の問題を考えるにあたって、より身近な日本国内の公共事業の在り方にも注意深く目を向けていく必要があります。

今回紹介する和白干潟は、まさにそうした公共事業の問題が集約されたケースであると言えます。私達は、今年のADBの年次総会であえて地元福岡の事例を取り上げることによって、国内の公共事業の在り方にもQuestioningを投げかけ、日本の開発援助と通低する問題点を浮き彫りにしていきたいと考えています。

国際的に重要な湿地環境・和白干潟
福岡市の博多湾は東アジアの渡り鳥ルートの交差点に位置しているため、年間200種以上の鳥が観察され、冬期には一日約50,000羽あまりの鳥が羽根を休めます。クロツラヘラサギやカンムリカイツブリ・ズグロカモメなどの危急種・希少種の鳥も含まれています。特に和白干潟は、浅海域、干潟、ヨシ原、松林が小規模ながらも整っている、日本に2ヶ所しか残っていない干潟の原風景をとどめる貴重な自然環境です。 ここは渡り鳥の飛来数が多いことでわかるように、餌となる蟹や貝が豊富で、5月前後には多くの潮干狩りの人々で賑わいます。底生生物による和白干潟の浄化作用は、干潟80haで毎日約21万人分、沖に工事中の人工島埋立海域401haでも、約51万人分の糞尿分解作用があると試算されています。まさに自然の下水処理場です。

干潟・浅海域は、生物層の豊かさにおいて熱帯雨林と並ぶ重要な地球環境です。稚魚の生育にも大きな役割を果たしていて「海のゆりかご」と呼ばれています。

環境庁は人工島工事着工に際して「本埋立地周辺の和白干潟とその前面海域は、希少な鳥類を含む多くの渡り鳥が飛来し、また、多様な生物が生息する国際的に重要な湿地」と評価した上で、和白干潟の保全を強く求めました。本来ならばラムサール条約登録地として保全されるべき湿地環境ですが、日本では本末転倒で、開発計画があるという理由で登録されていません。

博多湾・人工島埋立計画
人工島計画は、401haの人工島埋立と航路浚渫など、工事区域は約1,000haにおよびます。(この海域は水深0〜5mの野鳥の生息域)。事業予算は4,600億円。工事期間は約10年。

1994年4月8日午前11時、環境庁長官は半年にわたる審査を経て環境アセスメントに対する意見書を運輸大臣に提出しました。しかし驚くべきことに、そのわずか5時間後、午後4時、当時の伊藤運輸大臣は人工島計画を“即日認可”しました。(この日は細川総理大臣が金銭疑惑で退陣表明を行ない、内閣が崩壊した日です。)

1994年7月、反対の声が渦巻く中、埋立工事は強行されました。

人工島の必要性を問う
計画目的として福岡市は4つのポイントを掲げています。 

<1/国際港湾都市としての機能強化>
ウォーターフロント開発にともなう福岡市中央部にある港湾岸壁の縮小予定延長と、人工島に新設される岸壁差はわずか約128mしかありません。既存埠頭をリサイクルすれば人工島は必要ないということになります。さらに1996年2月には北九州・響灘に約1,000haの大型ハブ港湾建設が発表されました。この時、運輸省との協議の中で、“博多湾は海が浅くて膨大な浚渫が必要なため大型港湾建設には適さない”と指摘されています。

<2/研究開発拠点の形成>
簡単に言えば、バブルの“土地神話”に翻弄された、誘致に具体性のない企業向け売却用地。

<3/東部地域の交通体系の整備>
交通渋滞解消は周辺住民の最大の関心事です。確かに道路はできます。しかし、人工島完成時には約63,000台(隣接埋立地香椎パークポート分も含む)の新たな交通量が周辺に発生すると予測されています。人工島完成時には約2倍以上の交通量になると予測され、交通渋滞解消は考えられません。

<4/快適な住空間の形成>
福岡市は、香椎浜・百道浜の埋立の際に建設予定戸数を、当初予定の半分しか造らないまま、土地をダイエードームなど企業に売却してしまいました。減らされた戸数は合計で約7,500戸です。当初の予定通り市が住宅政策を進めていれば、人工島に約5,000戸の住宅を確保する必要は全くありませんでした。現在、香椎浜埋立地の住宅を造らなかった部分はミニゴルフ場(信じられない!!)として利用されています。  本来海の埋め立ては、海域でしか実現されない施設(港湾や、マリンレジャー施設等)の必要性を満たす場合にのみ厳しく限定されるべきです。

免罪符としてのアセスメント

人工島のアセスメントは、ほとんどの項目で「環境に与える影響はほとんどありません」と評価しています。この「ほとんど」という曖昧さが、アセスメントの予定調和、免罪符化を狙う行政の姿勢を示していると言えます。さらに事業者(福岡市が主体、運輸省・第三セクターの共同事業)と認可者(福岡湾管理者としての桑原福岡市長)が同一であり、客観的な審査機関がない日本の環境アセスメントの典型を示しました。

人工島計画は1972年、ほぼ現在と同じ内容で計画されましたが、当時の福岡市は、和白干潟前面が停滞水域となって、「水質が悪化する」と判断して中止しています。しかし20年後、水質は香椎浜や香椎パークポートの埋立によって、さらに悪化しているにも拘わらず、本事業では「水質の悪化はない」と結論付けたのです。

さらにもう一つの大きなまやかしは、博多湾の水質予測の前提として、博多湾流入河川全ての下水道終末処理場が、“高度処理設備の導入を実施した場合”としている点です。アセスで和白海域のCODは、人工島が完成する2004年には2.3〈現在4.3まで悪化〉にまで回復するとしていますが、当時も現在も、博多湾流入河川の全てに対する高度処理導入計画は存在していません。福岡市は存在しない計画を前提にしてアセスメントを行なったのです。(現在、高度処理導入計画は福岡県との間で協議中で、予定通りならこの3月中に発表されますが、導入が終了するのは20年後の2017年だといわれています。なんと人工島が完成して、さらに13年後です。)

バブル経済の悪夢・人工島
人工島の本質は、土地神話にしがみついた不動産計画だと言い切ってもいいでしょう。当初予算4,600億円のうち、起債が約1,700億円。民活事業が約1,850億円を占めますが、これらの償却には人工島の約半分の土地売却収入や貸付収入で充てられる予定です。あきれたことに、この起債の金利や償却期間など、詳細な資金計画書の公表もないまま、人工島計画は市議会を通過してしまいました。

東京都の臨海副都心計画の破綻にみられるように、バブル崩壊後の日本経済は、その傷痕の手当てをするどころか、拡がる一方の傷口の大きさになす術もありません。福岡市でも同様にウォーターフロント計画は次々に破綻しています。福岡市は活気がある都市として、全国的評価は高いのですが、その実、財政は火の車で、公債費比率は約18%まで跳ね上がって赤信号が点滅しています。借金に借金を重ねていく市政のツケは将来、福岡市民に押しつけらることでしょう。

人工島反対の声
94年2月、ニュージーランドヘラルド紙に、渡り鳥の中継地“和白干潟”を破壊する人工島計画の記事が掲載され、福岡の姉妹都市、オークランド市議会のシティプロモーション委員長名で、桑原福岡市長宛に計画見直しの手紙が届きました。反対・見直しの声は、WWF日本委員会や日本自然保護協会、日本野鳥の会など日本国内の多くの自然保護団体や学術団体をはじめ、バードライフインターナショナルやアジア湿地局(現在、W.I.ウエットランドインターナショナル)、グリーンピース・ニュージランド、シエラクラブ、オーデュポン協会など、海外からも多数の団体、個人の反対意見が市長宛に寄せられています。また地元の小学生たちも、市議会に工事中止を求める請願書を出しました。着工前の1992年には約12万人の人工島反対署名が寄せられました。着工後も工事の中止とラムサール条約登録の請願署名は続いており現在約9万人の署名が寄せられています。

環境破壊の現状
和白干潟には、香椎パークポートの埋立や、人工島埋立工事着工後に明らかな変化が起きています。和白の海には赤潮が多発するようになり、アオサ(海藻)の異常発生で干潟全体が覆い尽くされ、悪臭問題も起こりました。浸食やヘドロ化も顕著になり、近隣漁協ではワカメ漁に壊滅的な被害まで起きています。

渡り鳥も減っています。例えば、博多湾東部海域で、1990年に46,391羽確認されていた鳥の数が、1995年には26,579羽に激減しています。和白干潟だけでも1990年/29,288羽から1995年/12,657羽にまで減っています。干潟に生息する、貝類やカニ、ゴカイ類も同様に半分以下に減少しています。

さらに、渡り鳥の生息地として重要な和白・塩浜・奈多などの環境を破壊する湾岸道路計画(海の中道海浜公園線変更案・和白干潟及び北沿岸に沿って4車線の道路を造る/上図)など新たな開発も浮上しました。地域内には民有地も少なからずあり、人工島埋立工事をきっかけに今後も自然破壊の開発が続くことが心配されます。

このような現状に対して環境庁は、博多湾の環境管理を国に移すように働きかけているが、福岡市はその必要はないと拒否しています。・・・なぜでしょうか?

博多湾の豊かな自然を未来へ/ラムサールパーク(仮)計画の提案 
私たちは、これらの環境破壊から博多湾の自然を保全する方策を、このまま行政にまかせておけない、市民の手で具体的に提案しなければならないと考えました。それが「和白干潟ラムサールパーク(仮)計画」です。この計画は、国際的に重要な自然を未来の世代に伝えるための、自然教育を行う整備を中心とした環境管理計画です。行政に提案するとともに、内外の自然保護団体の経験にも学びながら、市民ぐるみで、この計画を練り上げていきたいと考えています。

例えば、干潟学習センター(仮)計画の提案は、カニ類やカイ類、ゴカイ類、魚類、塩性植物など干潟環境の生態系を支えるもの全てを通して、自然の持つ能力や役割を学習するための施設です。学校の授業で取り入れることができたら素晴しい体験学習になるでしょう。センターには、レンジャーが2〜3人常駐して、和白干潟全体の監視や保全、来園者への解説などを行います。また学習のためのパネル展示やビデオ上映、講習会なども行えたらいいと思います。

今回の第1次素案は、今後議論を深め、より素晴しい計画を作り上げていくための素材です。7月末を目処にまとめ上げて正式提案にこぎつけたいと考えています。国内外の多くの方々に、このラムサールパーク計画の提案に対して意見を寄せていただきたいと思います。

私たちは人工島によって得るものと、失うものを、もう一度問直さなければなりません。すでに私たちが着工前から主張してきた、人工島工事の悪影響が現実になっています。

なぜ博多湾に人工島が必要なのか? 誰が望んでいるのか? なぜ国際的に重要な湿地〈和白干潟〉の前面海域をふさぐ方法しかないのか?・・・何度も何度も考え、議論しなければなりません。 

私たち人間が、人工島のことや、道路計画や、和白干潟のこと、そして未来のことを、もう少し“知恵”と“こころ”を使って考えれば、この問題は解決するはずです。

博多湾人工島計画が、現在も日本各地で進められている幾多の公共事業の典型的な事例のひとつであることを考えれば、問題は一地方都市の枠内に収まるものでないことが分かります。今回のADB総会は、開催地の福岡市が抱えているこの問題を、国内公共事業の視点から、さらにまた国際的な視点から、見つめ直す大きな機会となるでしょう。世界一のODA供与国であり、本来ならば開発援助が真の意味で途上国の人達の為に行われるようリードしてゆくべき立場にある日本の国内で、情報公開や住民参加の不徹底から大規模な環境破壊が行われつつあるという現実。日本がODAの最大供与国としての責任を果たすということと、自身の足下にある問題点を改善してゆくことはお互い密接に関連しているものであり、そうした大きな認識の中でアジアにおける開発のあるべき姿を探っていく必要が不可欠であるといえましょう。

      

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